第13話
数日後、イサムが皆をサロンに集めた。
「何してたんだ? ここのところ姿を見なかったが……」
クローはイサムにたずねた。
「色々と準備を……宰相さんに色々と許可をもらったり、出入りの商人さんに色々と頼んだりですね」
「ちょうど良いな。これから醤油と味噌の品評会をしよう!」
「へっ? もう造ってたのか? というか……完成したのか!」
コウの発言にリーンは驚愕した。
「俺は……いまいちに思うんだがなぁ……」
そう言ったクローは微妙な顔をしていた。
「まあ、見て驚けば良いんだ! これが醤油と味噌だ!」
コウが指差す先のテーブルの上に小さめの壷が二つあった。
「これしか造らなかったのか?」
リーンはガッカリした顔をした。
「いや……まあ……失敗したら勿体無いからな」
クローが答えた。どうやら実際の作業はクローが担当したか、協力していたらしい。
「よし、味噌だ!」
得意満面の顔でコウが壷のふたをあける。しかし――
「何ていうか……やっぱりそら豆のまんまだな」
「ふむ……これは塩漬けですか」
「あの端っこにある白い綿みたいのなんなのだ?」
「ありゃ? 思ってた以上に上手くいってないな……そりゃ……いきなり成功すっとは思ってなかったが」
壷の中は茹でたそら豆に大量の塩がまぶされたものだった。
「なるほど……まず、あの隅にあるのはカビかその類のものと思われます。壷は消毒したんですか?」
「ん? 消毒しなきゃダメなのか?」
ビックリした顔でクローが訊き返した。
「消毒は絶対にしなきゃダメです。まあ、塩の量が多いようなので、茹でそら豆自体は平気かな? 念の為に白い奴の近くは避けてください」
そんなことを言いながら、イサムは一粒つまんで口にする。
「た、食べるのか? 食べられるのか?」
リーンが驚愕の表情で訊いた。
「まだ二日といったところでしょう? 一粒くらいなら死にはしないかと。気になるなら味を見るだけで飲み込まないでください。……うん、しょっぱ過ぎる茹でそら豆ですね」
それを聞いて三人も味見をした。コウとクローは気になるのか吐き出して棄ててしまったが、リーンは無頓着に飲み込む。
「これは豆だな!」
「……だな、似ている何かですらねえな」
「何が悪かったんだろうな? 時間が足りてないのか?」
三人も思い思いに感想を口にした。
「とりあえず確認したいのですが……これはそら豆を茹でて壷に塩漬けしただけですよね?」
「そうだな。そら豆を茹でて……茹でたてはとにかく熱くてな! 触れるくらいまで冷めたら塩と混ぜ合わせて壷に入れただけだ」
クローが工程を説明した。
「なるほど……先に醤油一号を見てしまいましょう」
「一号?」
コウはイサムに訊いた。
「いまのが味噌一号ですから……まさか、あれで諦めるわけじゃないですよね?」
逆に驚きの言葉で訊き返される。
「うっ……ま、まあ! それは当然だ! だが、醤油の方は番号なんていらねえ! これで終わりだ!」
虚勢を張りながらコウがもう一つの壷を開けた。
開けたとたんに強くは無いが、甘酸っぱい臭いが立ち込める。
「これは……もう、この段階でダメなんじゃないか?」
クローは顔を顰めた。彼は下戸なのかもしれなかった。
「……醤油『一号』も味見をした方がいいのか?」
リーンも及び腰だ。
「あれ? 予想と全く違うな……失敗すっとしても……なんで臭うんだ?」
コウも予想外の結果に驚いている。
壷の中は白濁した液体で満たされており、底の方にそら豆が透けて見えていた。
「ふむ……これはどのように?」
イサムは考え込みながらクローにたずねた。
「同じようにそら豆を茹でて、冷めてからぬるま湯に放り込んだんだ。その後、数時間放置……たまにかき回しながらだな。で、その後に塩をぶっこんだんだ」
クローの答えに何度も肯くイサム。
「おそらくですが……甘いにおいはアルコール、酸っぱいにおいは乳酸菌か何かと思われます。確かめるために僕は味見をして見ますが……気が進まないならやらなくても良いですよ。それに舐めるだけにしてください! それと舐めたら口をすすいでください」
そう言いながら彼は近くにあった水差しを持ってくる。
そして指先だけで醤油一号に触り、その指先で舌の上を触るように舐めた。すぐに水を口に含み、口をすすいでから吐き棄てる。
「なるほど……たぶん、アルコールと乳酸菌で生まれた何かだと思います。塩味が強くてはっきりとはわからないですが……」
そんな風に分析しているイサムを三人は恐ろしいものを見る表情で見ていた。
「……お前らもやれ! 俺もやる。イサムがやったのを真似すれば良いはずだ」
コウはそう言いながら味見をはじめた。
「うぇ……オレ様はちょっと……」
「いやー……なんていうか……」
クローとリーンは及び腰だが――
「イサムだけにやらせんのか?」
というコウの言葉に二人も無言で味見をはじめた。
「いや、無理しなくても! ある程度の成果は得られましたし!」
慌ててイサムは止めるが――
「わるかった」
「ごめん」
などと言って二人は続ける。
「あれですよ? 消毒してれば深刻な結果になる可能性は低いんですよ? 保険で飲み込まなかっただけなんですから」
イサムは逆に恐縮してしまう。
「でもあれだな。全く気がつかなかったが……美味くないどころか、毒物ができる可能性もあったんだな」
しみじみとコウは感想を述べた。
「醗酵って腐るのに近いらしいからな……。そういえば……醗酵と腐るのはどう違うんだ?」
クローも似たような感想を続けた。
「醗酵と腐敗は基本的に全く同じ現象です。腐敗現象のごく一部を……人間の役に立つものだけを醗酵と呼んでいるだけですね。腐敗した食べ物は基本的に猛毒ですから。……予め言っておけばよかったですね」
三人は情けない顔をしてイサムを見るしかなかった。
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