第4話
翌日、彼らは再びサロンに集合した。暇人とも言えるが……彼らは使命を果たしたのであるから、文句を言われる筋合いでも無いだろう。
「よし、何はともあれ……まずは原材料の入手からだな」
「ふむ。まずは一つずつか?」
コウとクローが話し合いの形で考えや方針を決めて、イサムがチェックする。四人はこのスタイルでいままでの冒険を乗り越えてきた。今回も慣れ親しんだ方法で挑むつもりのようだ。
「じゃ、まずは大豆なのだ。みんなで市場に行こう!」
リーンが言った。
本当は今すぐ行きたいが、賛成されるのを待っているかのようだ。
「いえ……たぶん、市場には売ってないですよ」
イサムが即座に否定した。
イサムが断定しない知識と言うのは珍しいが……イサムの場合、推測であっても根拠が確かなので信頼できる。
「この異世界は僕らの世界で言うと中世ヨーロッパ……五世紀から十世紀くらいのフランスに良く似た文明、植生と思われます。僕らの世界で大豆がヨーロッパに知らされたのは近世……十九世紀に入ってからなんですよ。食したのはもっと後でしょうね。そもそも大豆は中国の東部や日本の辺りが原産地で……この近辺では絶対に自生も栽培もしていないでしょうね」
いきなり行き詰った。
「そうなのか? この世界でも俺たちの世界で言う中東にあたる地域とインドにあたる地域はあんだろ? どちらかにはあんじゃねえか?」
コウはめげずに反論した。
彼らが苦労した胡椒はインドにあたる地域――亜熱帯気候の地域が原産だ。世界地図が無いのでおぼろげな位置すら不明だが、胡椒がある以上、陸続きで亜熱帯気候の地域までつながっているのは判明している。
「インドに伝来がいつ頃か不明ですが……中東は絶望的でしょうね」
考え込みながらイサムは答えた。
「それじゃあ……オレ様が魔法でひとっ飛びして……日本にあたる地域まで採りに行くか?」
リーンが提案した。
「いや……それは胡椒のときと同じだろ。どの地域なのか不明、それどころかどの方角へ向かえば良いのかすら解からない。下手したら地球一周する羽目になるし……この世界が丸いのかどうかすら解かってないんだぜ? しかも今回はこの異世界に大豆があるかどうかも判明してないんだぞ?」
いつか来た道であったのか、クローが否定した。
この世のどこかに生えているかも知れない植物を探す。
ヒントは全く無い。少なくとも今現在自分達が居る地域での情報入手は期待薄だ。解かっているのは生息の可能性がある気候の情報だけ。片っ端から地図を埋めたとしても、この異世界の人類が大豆を知らない可能性すらある。その場合は自分達で原生している大豆探しだ。そこまでやっても存在自体してないという可能性は残る。
「まあ……無謀というのもそうですが……そういう方法は成功できないのが『不文律』だとは思います」
「胡椒のときみたいに種を入手してなんとかすんのは?」
コウはかつて成功した方法の確認をとった。
実はこの地では胡椒は香辛料として使われていない。使われていないと言うと語弊があるが……王侯貴族だけが知っている程度の認知度だ。
この異世界には大陸の半分以上を旅する商人などいない。
隣りの国へ物資を運ぶのすら命懸けなのに、そんな果てしない距離を運ぶ商人は皆無だ。我々の世界ですら命と人生を賭けた大冒険であるが……この異世界はモンスターが跋扈するさらに危険な世界だ。交易という概念そのものが育っていない可能性すらある。
原産の国から隣りの国へ、その国からさらにその隣りの国へと何十回ものリレーの果てに、この地に届いた胡椒である。金と同じ重さの価値どころではない。
「あれは……だいぶギリギリの方法だと思いますよ?」
苦笑いでイサムは答えた。
彼らが採った方法は原理的には簡単すぎるものだ。
単純に胡椒を植えて育てたのである。
中世ヨーロッパで胡椒の栽培が行われなかったのは、胡椒が非常に発芽しにくいからだ。原産地でも繁殖は挿し木で胡椒の木を増やす方式をとる。仮に生きた種を植えても普通は発芽しない。
また、当然、温室が必要になる。
当時の中世ヨーロッパの人々が世界平均で考えても割とアレなのを差し引いても、胡椒の栽培は不可能といえる。
それに栽培をするには生きた種か苗、挿し木のどれかが必要だ。
彼らにとってもそれは難題だった。しかし、胡椒というのは未成熟な胡椒の実を天日乾燥したもので、見方を変えれば……子供のミイラである。彼らは魔法で胡椒の実を蘇生、成熟するまで魔法で育て続けたのだ。
熟成した実を『全知』で得た知識を駆使して発芽、発芽した胡椒の苗を現代の知識でしか発想し得ない温室に植え、魔法で成木へと成長を加速、成木が入手できたら挿し木でどんどん増やすという……噴飯物のチート連発で胡椒栽培を無理やり開始したのだ!
「うーん……あるかなぁ……胡椒は誰にでも理解できるけど……大豆はなぁ……」
そう言ってクローが唸りだした。
日本人にとって魂の半分は大豆でできていると言っても良いだろう。残り半分は米だ。
しかし、それ以外の民族にとっては単なる豆でしかない。胡椒の倍近くの距離をわざわざ運ぶのは考えにくかった。
「イサムの『能力』で持っている奴の名前を――」
「だから、そういう風に『全知』は使えないんですってば」
リーンの言葉を遮ってイサムが断じる。
しばらく四人はうんうんと唸った。すると――
「保留! これは保留にする!」
コウがそんな風に決断した。
いつものパターンなら保留している間に解決能力がある誰か……おもに異性との出会いをコウが果たす。しかし、今回はそれに期待するのは難しそうだった。
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