第48話

 午後遅い時間にはある程度まで網を引き終わった。

 彼らが網引きに参加しようとすると村人達は大変に恐縮して止めたし、それだけで説得する時間がかかったのだが……彼らのメンタリティでは村人に力仕事を任せ、自分達は高みの見物とはできなかった。特に神の如く崇拝されているのを自覚した後には。

「どうして引くのを止めたのだ?」

 リーンがイサムに訊いた。

 網は普通より手前で引くのを止められていた。通常なら波打ち際まで引ききり、それから拾うようにして魚を獲る。

「……ふう。それじゃ行きますか!」

 心の中で踏ん切りをつける様な大声でイサムは言った。

 そしてザブザブと海に――網の中へ入っていく。

「んあ? イサム、何をしてるのだ?」

 おかしな行動をはじめたイサムにリーンは慌てて訊いた。

「何してるんです? みんなはその桶を持って入ってきてください」

 そう言うイサムの手には大量の羊皮紙があった。

 仕方なしにイサムを追いかけて三人も海に入る。

「冷てえっ!」

「やばいぞ、これ!」

「やっぱり水はまだ冷たいのだ!」

 冷たすぎる水に思わず三人は悲鳴をあげた。

「これから魚を種類ごとに桶に集めていきます。……最初はマグロが良いですね。マグロは泳げなくなると大変らしいですから」

 三人の様子を気にすることもなく、イサムが奇妙なことを言い出した。

 不審に思いながらも三人がかりでマグロを捕まえる。マグロの泳ぐ速度はとんでもないものだが、狭苦しい網の中では逃げ切れるものではなかった。

「……注文どおり捕まえたぞ」

 不機嫌そうにコウはイサムに言った。

「ありがとうございます。……名前がないと不便ですね。こいつはいまから『マグロ一号』です」

 そう言いながら手に持った羊皮紙に書き込んだ。

「……何がしたいんだ?」

 たまらずクローが訊いた。

「これからマーキング?とかいうのを試すんです。リーン、お願いします」

「マーキングって……召喚用の奴か? ……名前は『マグロ一号』だったな。よし、マーキングしたぞ?」

 訝しげだったが素直に言われたとおりにするリーン。

「……一応、実験もしたほうが良いかな?」

 イサムはそんなことを言いながら、せっかく捕まえた『マグロ一号』を網の外に逃がしてしまう。

「なにすんだよ!」

 事情が飲み込めないコウが叫ぶ。

「これから実験です。上手くいくと思うんですが……リーン、『マグロ一号』をここに召喚してください」

 そう言いながら、イサムは空になった桶を指し示した。

「何がしたいのだ? まあいいけど……きたれ、我がしもべ『マグロ一号』」

 リーンがそう言うと桶の中が光り、桶の中では『マグロ一号』がびちびちと暴れていた。

「成功ですね!」

 イサムが嬉しそうに言った。

「……そういうことか!」

 理解できたのかクローが叫んだ。

「どういうことだ?」

 コウが問いただした。

「たぶん、イサムは魚の放し飼いというか……海を生簀にするつもりなんだよ!」

 驚いた顔のままクローが説明した。

「上手くいくかどうか半信半疑だったんですけどね。これなら王都に戻っても新鮮な魚がいつでも食べられます」

 自慢顔でイサムは言った。

「おお! それはすごいな!」

 リーンは大喜びだった。

「どうやって魚を運ぶか謎だったけど……考えてたんだな」

 感心したようにクローも言った。

「……いまの『マグロ一号』だっけか? あいつが何かに喰われちまったらどうすんだ?」

 素朴な疑問をコウが口にする。

「……それは諦めるしかありません。数が減るのを勘定に入れて多く確保しないと」

 苦しげにイサムは答えた。

「……もしかして、この網の中の奴ほとんどなのか?」

 リーンは網を眺めながら言った。

 網の中には大量の魚がかかっており……大漁というべきだった。

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