第49話

 すでに辺りは夕暮れになりつつあった。

 遠くでリーンの泣き言が聞こえる。

 いまだにリーンとイサムは魚の名簿作り……マーキングに従事しているからだろう。

 コウの叫びも聞こえる。

 暗くなって海中の視界が確保できなくなってきたからだ。海草探しもだいぶ苦戦しているようだった。

 しかし、クローも遊んでいるわけではなかった。

 彼は山のように積みあがった鰯をせっせと開いていたのだ。

「イサム! 開きはどれくらい作ればいいんだ!」

 クローはイサムに向かって叫んだ。

「丸のまま干すのと、開いて干すのと、腸を抜いて干すのと……それぞれ煮てから干すのと、煮ないで干すのとでやってください!」

 イサムが叫び返してくる。

 逆算すると三分の一を開きにすることになる。残った鰯の山を見てクローは溜め息をついた。

 彼の顔には汗が浮かんでいる。作業をしていて大変なのもそうなのだが、近くで大きな釜がいくつも煮立てられているからだ。

 大変そうな四人を見るに見かねたのか、村人達も手伝ってはくれているが……開きにする技術はクローにしかない。腸を抜くのと、煮るのと、干す作業しか手伝ってもらえない。

 彼らの作業はどれもまだまだ時間が掛かりそうだったし、下手をしたら明け方までかかるかもしれなかった。


「クロー、どうです?」

 いつの間に上がってきていたのか、イサムがクローに話しかけた。

 手に持った皿をクローに手渡す。皿には串に刺した焼き魚がのっていた。

「終わったのか? こっちは……まだしばらくかかりそうだ」

 受け取りながらクローは答える。

「こっちもまだまだなのだ。とにかく身体が冷えて……」

 火にあたりながらリーンが言った。

「魔族の島で使った『防寒』の魔法使ったらどうだ?」

 クローの言葉にリーンはポンと手を打った。……そのリーンをイサムが睨む。

「コウはどこいったのだ? せっかくの魚が冷めてしまうのだ!」

 慌ててリーンは話題を変えた。

「さっきから探しているんですが……あ、どうやら上がってきたようですよ?」

 イサムが指し示す海面に人影があった。……なぜか二人分の人影だ。

 その二人分の人影は言い争いをはじめた。片方はコウだが、もう一人の方は女性の声だ。

 遠くてよく聞き取れないが……女性の方がコウを諌めているようだった。「危ない」だとか「素人」だとかの言葉が何度も聞き取れる。心配しているのは理解できるのだが、言葉遣いがつんけんしたものだった。コウも売り言葉に買い言葉で、言い争いは収まりそうもない。

「コウはなにやってるのだ? おーい! 飯だぞー!」

 リーンはコウに向かって叫んだ。

「あー……なるほど。そういうパターンか……」

 何かを察したイサムが感想を漏らした。

「そうかもしれないな」

 クローも同意した。

 しかし、彼の挙動は明らかにおかしくなり、必死に手に持った焼き魚を凝視しだした。

「コウにも『防寒』の魔法が必要だろうし……暗くなってきたから『光』の魔法もかけてやるか。……よく考えたら『水中呼吸』の魔法も必要だったかも」

 考え込みながらリーンは言った。

「ああ、それはいいな」

 クローはそう答えるが……一瞬たりとも焼き魚から目を離さない。

「でも……コウの方はすぐに終わりそうですよ。たぶん、あの女性は巣潜り漁のスペシャリストなんじゃないかな」

 考え込みながらイサムは言った。

「……そうかもしれないな」

 そう答えたクローはやはり焼き魚から目を離さない。

「どうしたのだ? コウがいつものように――ぎゃあ!」

 クローに問いかけたリーンの言葉が途中で悲鳴に変わったのは『ハーレムさん』たちが視界に入ったからだろう。……おそらくは般若のような顔をした。

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