第6話

 昼食として用意されたのは白いパン、チーズ、きちんと胡椒を使った肉と野菜の入ったスープという豪華なものだった。

 そもそも昼食をとるというのが贅沢だし、白いパンというのがさらに贅沢だった。小麦のみで作る白いパンは贅沢品である。胡椒を使ったスープなど、この地にあっては超高級料理だ。

「やっぱり胡椒の生産は正解だったな」

 コウは三人に話しかけた。

 昼食になるまでお互い口をきかなかったのだから……それは和解しようというジェスチャーに違いなかった。

「そうだな……胡椒無しの肉料理があんなにも食べづらいとは……ここに来るまで俺は知らなかったよ」

 クローはおもねる様に続けた。

 この地では王侯貴族であっても滅多に胡椒を口に出来ないのであるから……基本的にハーブとニンニクのみで肉料理を作ることになる。

「ドラキュラがニンニク嫌いって設定は……当時の貴族はニンニク料理を食べないのが誇りだったんじゃないですかね。『お金持ちだから胡椒しか知らない!』みたいな」

 イサムも軽口を叩いた。

「あるかもなぁ。この世界でそれは違うけど……似たような貴族の誇りや拘りみたいなのは結構多いのだ」

 リーンはしみじみと言った。

「さて……どうすっかな?」

 コウが全員に問いかけた。

「提案があります」

 そう言いながらイサムは姿勢を正して全員の注目を集めた。

「この際ですね、胡椒の原産地までの道……いわば胡椒ロードを本格的に調査するのはどうですか?」

 この世界にシルクロードにあたる交易路は存在しない。そこまで定期的で活発な交易がされていないからだ。同様にイサムがいう胡椒ロードなど存在しないが……胡椒が輸入されている以上、胡椒の原産地までの道筋は必ず存在するはずである。

「なにかメリットでもあるのか? けっこう大変だと思うが?」

 考え込みながらクローは先を促した。

「この世界に僕らの世界でいうローマ帝国にあたる古代帝国があったのか、中東地域の帝国があるのかはわかりません。もしかしたらこの国は異世界全体で最先端の文化圏である可能性もあります」

「意味が解からないんだぞ?」

 リーンが早くも根をあげた。

「すいません、簡単に言い直しますね。中東にあたる地域は田舎、それも荒野だったり文明の空白地である可能性もあるってことです。ついでに言えばインドにあたる地域も」

「それが? ますます意味が解からない」

 リーンは全くついていけてない。

「ああ、すいません。中世の文明レベルだと……僕らの世界だと東ローマや中東、インドは文化レベルがヨーロッパより高かったんですよ。それもかなり」

 最近の調査によれば、そういう学説が優位を占めている。イサムの言うことは妄言でもなかった。

「ああ、そうか……この世界で中東にあたる地域の文化レベルが高いとは限らないのか。というか、そもそも……この国の東にあると決まっている訳でもないよな」

 そう言ったクローは理解が追いついたようだ。

「そうです、そうです。で、その前提でも尚、胡椒ロードを調べるべきだし……調べた後は中東にあたる地域に移住しませんか?」

「移住? 何でだ?」

 驚いた口調でコウが問いただした。

「文化レベルが下がるかもしれませんが……まあ、僕らにとってはどんぐりの背比べだと思うんです。それよりも中東にあたる地域は物資の面で心強いです。ヨーロッパにあたる地方――この国ですね――で得られるものと中東にあたる地域で得られるものが入手できて……たぶん、インドにあたる地域からの物資と情報も入手可能なはずです。ヨーロッパ、中東、インドのラインナップならほとんど全ての物資が……少なくとも代用品は入手可能になります。あとは中東にあたる地域で……中東にあたる地域で暮らすか、インドにあたる地域で暮らすかゆっくり決めれば良いと僕は思います」

 そうイサムは話を締めくくった。

 しばらく三人は無言だったし、イサムもその三人の様子を窺うようだった。

 クローが沈黙を破る。

「悪いけど……俺は……一緒にはいけない。俺は……ケマと約束したんだ。この国のことを……ケマのことを助けていくって。だから、この国から移住は出来ない。いや! もちろん、お前らがそうするなら引き止めないし、この国に居る間は手伝うけどな」

「俺も女たちがいっからなぁ……全員で移動したら凄いことになんぜ? 何人かは絶対にこの国から離れらんねぇし……。俺も移住は無理だ」

 コウも申し訳無さそうにイサムに言った。

「オレ様はほら……お前らと違って転生でこの世界に居るだろ? だから色々とあるのだ……だいたい、ネーション家を再興させなきゃヴィヴィアが泣く」

 リーンも申し訳無さそうに続いた。

「ネーション家は……再興できるんですかね? 救国の英雄なのに領土を返してもらえないとか……リーンはいったい何をしたんです?」

「い、色々なのだ! 色々あったのだ!」

「まあ、それも考えておかねばなりませんでしたね。では、移住プランは廃棄しましょう」

 イサムはあっさりと諦めた。

 明らかに三人はほっとした様子だったが――

「良いのか?」

 とクローが訊くと――

「良いのかも何も……僕一人で異世界一人旅なんて嫌ですよ。まあ、移住はともかく……胡椒ロードの調査はしますけどね」

 そうイサムは答えた。

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