第54話

「こ、これは……」

「……アレ……だよな?」

「ど、どうやって作ったのだ?」

 三人は目の前の料理に首を捻った。

「……見たまんまですよ。本物ではありませんが……豆腐です」

 そうイサムは平静な顔で言ったが、笑わないように頑張っているのかもしれなかった。少しだけ口の端がひくひくしている。

「解った! 何か他の豆で作ったんだな? 豆乳に苦汁を加えれば豆腐だ。そういうことだろ?」

 コウが得意げに言った。

「半分正解ですかね。実は苦汁を使った豆腐は大豆だけなんです。これはひよこ豆で作った豆腐です」

 残念そうな顔を作ってイサムは答えた。

「苦汁を使わない? それじゃ何で固めてるんだ?」

 興味深そうにクローはたずねた。

「不思議なことに……ひよこ豆の豆乳を少し暖めるだけで豆腐のように固まるんですよ。問題は絹も木綿もないので……これが麻ごし豆腐ってことですかね?」

 ついにニヤニヤ笑いながらイサムは言った。

 絹糸を採る蚕はヨーロッパに伝わっていないし、現在でも蚕の野生種は不明だ。家畜化した蚕しか存在しない上に、家畜化したのも数千年前と推定されている。イサムであっても産地からでなければ絹の入手は不可能だ。

 木綿の材料となるワタもヨーロッパに自生していない。

 しかし、豆乳とおからに分ける絞り袋の材質で絹ごし、木綿と豆腐が作りわけされるのではないのだから……一種のジョークだろう。

「冷やっこには出汁餡がベストらしいですが……今回の主役は醤油です。シンプルに醤油をかけて食べることにしました。薬味は好みでどうぞ。あさつきと生姜、しそを用意しました。箸が難しい方にはスプーンも用意しておきましたよ」

「これは万能ネギか?」

 下品なほどにあさつきの千切りを山盛りにしながらコウは訊いた。

「……厳密には西洋あさつきと思われます。チャイブの親戚でしょう。少し辛いですよ?」

 少し引き気味にイサムは答えた。

「ネギなら……リーキの方が良いんじゃないのか?」

 そう言いつつもリーンは一切の薬味を使わず、単純に醤油だけをかけていた。

「あれは生だといまいちだったので……こちらにしました」

 イサムは答えつつ、かなり多めに生姜を使う。

「まあ……薬味なんて適当で良いんじゃないか?」

 そう言うクローは几帳面に全ての薬味を丁寧に豆腐に盛り付けている。

「うん。ちと辛いな。だが美味い!」

 辛さに悶えながらコウは言った。

「だな! ちょっと違うものだけど……きちんと豆腐で美味いな!」

 ようやく食べはじめたクローも賛同した。

「そうか? これは完璧に豆腐だぞ? 美味いし!」

 ニコニコと言うリーン。

「この豆腐は冷やっこ以外にも……どんな料理ができるか調べたいですね」

 大目の生姜にまったく動じることなくイサムも感想を口にした。

 四人はそれなりに豆腐に満足のようだったが、他の者たちには試練の開始と言えた。

 彼女たちにとって、豆腐はまったくの想定外だったのだ。完全にまっ四角でつるつるした外見でプルプルした感じ……そんな食べ物は生まれて初めて見るものだ。

 薬味と称して添えられたものは味の推理ができた。なんと言ってもどれも馴染みの深い食材だ。醤油も解かりはじめている。それは大雑把に言えば塩味を付けるものだ。

 しかし、それらと目の前の白い食べ物が合わさった結果が全く予想できない。

 それでも彼女たちは――思い思いに薬味を試し――豆腐を口にした。

 全くの未知の美味に感動しつつ……今日の食事はいつもの恋人の食道楽と違うことにようやく気がついたようだった。

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