第32話
「おう、おう、おう! 兄ちゃんたち見せつけてくれんじゃんよう!」
そんな乱暴な言葉が恋人達の甘い一時を破った。
貴族風の男――クローに貴族風の娘――ケマがいて、お付きの侍女も一人だけ。少し離れた場所にはなぜか荷馬車があり、その近くにお付きの兵士が数人だけ。荷馬車の近くには空の馬――おそらくはクローたちが乗ってきた馬――も繋がれている。
王都近郊で治安はかなり良いといえるが辺りに人目は無い。盗賊の類に目をつけられてもおかしくなかった。実際にはクローは異世界で二番目に強い男であるから、盗賊程度なら何人いようが撃退できるが。
そういう訳でピンチとも言えないはずのことなのだが……なぜかクローは激しく動揺していた。まるで隠していた悪さが見つかった子供のような表情だ。
一瞬、ケマもすごく不機嫌な顔つきになったが、慌てて取り繕ったようだ。……不機嫌な顔など上流階級の子女にあるまじき行儀の悪さだからだろう。
クローとケマの邪魔にならないように控えていた侍女もすくっと立ち上がり、現れた悪漢たちにお辞儀をした。
「……コウ、まるで古い漫画の悪役みたいですよ?」
呆れた口調で隣りの悪漢――コウに言うイサム。
彼ら二人が話し始めたのを合図にしたのか、木々の陰から馬を曳いて歩いてくる一団が現れた。そして、ようやく異変に気がついたのか、少し離れた場所にいたお付きの兵士達も走り出した。
しかし、その現れた一団はクローにも見覚えのある『ハーレムさん』たちだ。
「……わざわざ近くで馬を降りてきたのかよ!」
呆れた口調でクローは言った。
その横では到着した兵士とケマが話をしていた。おそらくは任務怠慢の謝罪をする兵士をケマがとりなしているのだろう。
「バレたら台無しだからな! どうだ、驚いたか?」
悪戯小僧のような顔で……いや、文字通り悪戯小僧の顔をしてコウが自慢した。
「……勇者様たち、いまお茶を煎れますから」
そう、にこやかに言って目配せをするケマ。
目配せを受けた侍女がお茶を煎れはじめた。「王女手ずからの給仕など――」と言いだす娘でケマはなかったが……無粋な闖入者にそこまで親切にする気にはならなかったに違いない。
「おお、すまねぇな、姫さん!」
まるで空気を読んでないのか、コウは素直にお礼を口にした。
それを合図にレタリーが同僚の……同僚の愛人達と簡易の椅子などを用意しだした。
「……いや、コウ? そう長いことお邪魔するのも……」
イサムは今更な気遣いを口にした。
ちょっとした悪戯心でついてきたものの思わぬ第二王女――ケマの反応にびっくりしたというところだろうか。面と向かって悪態をつかれるより、大人の対応をされるほうが堪えるのはままあることだ。
「なんだ……白鳥を見に来たのか?」
相変わらず空気を読まない発言を繰り返すコウ。
「……そういえばもうすぐ春ですね。帰ってきたんでしょう」
仕方なさそうに合いの手をいれるイサム。
コウが用意された椅子に座り、用意されたお茶を受け取ってしまったからには覚悟を決めるしかなかったのだろう。
「い、いや! 違うんだぜ? 白鳥見物はなんだ……ついでというか……まあ、そういう感じで俺が誘ったんだ」
クローが変な言い訳をした。
「うん? 遠乗りのついでに見物しに来たんだろ? まあ、俺も鬼じゃないぜ? たまの休日くらい悪くは無いと思う。だがな……黙っていかれんのはだな、なんだ……そんなに俺たちがお邪魔虫と考えてんなら……まあ、それならお邪魔虫をしにだな――」
楽しそうにコウは説明をしていたが、それをイサムが遮った。
「……コウ、あれを見てください。クローはここでちゃんと作業をしていたようですよ?」
イサムの指し示す先には麹室があった。
その場は気まずい雰囲気になった。
この遠乗りはケマが企画したものだが……たんに遊び惚けるのではクローが落ち着かないと思ったのか、きちんとした名目もあるものだったようだ。
前もって麹室やそら豆を煮炊きする道具をこの地まで運び――その為に荷馬車があるに違いなかった――突然のわがままを装ってクローに遠乗りをせがむ。急なおねだりではありつつ、その目的は相手への励ましであり、相手の心が軽くなるような手配もする。なかなか良くできた娘さんだった。
「……業務連絡! 方針が変わったから連絡にきたんだよ! それだけ! いや、すぐにボクたちはお暇するよ?」
ざばざばと目を泳がせながらコウは言った。
そして手に持ったまだ熱いお茶を一気飲みする。
「まあ、コウ様! お飲みものが空ですわ! お代わりはよろしくて?」
ニコニコとケマが言った。
しどろもどろに答えるコウを横目に、イサムも空にすべく急いだ。
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