第39話

「で、これからどうすんだ?」

 コウはイサムにたずねた。

「そうですね……今の分は全部枯らして、もう一度培養して量を増やしましょう。それで一部を保存用に確保して、それから味噌と醤油にしませんか?」

「そうだな……とにかく確保分さえできれば後はなんとでもなるな。イサムの言う通りにしよう」

 クローも賛成した。

「楽しみだな! 二、三日したら醤油と味噌が完成か?」

 嬉しそうにリーンは言った。

「作業が終わっても一ヶ月くらい色々あるんですけどね。完成となると半年はかかりますし。それより、残りの調査をしてしまいましょう」

「半年? そんなにかかんのか? 残りって?」

 コウは不思議そうな顔で質問した。

「だいたい醤油と言える様になるまで一、二ヶ月、その後も数ヶ月は熟成の必要があります。味噌も似たようなものですね。残りと言うのは、あと四つのサンプルですよ」

 そう言ってイサムは麹室を指差した。

「そういえば、まだ四つ残ってたな」

 気の抜けた顔でクローは言った。

「麹は複数種を確保したいんですから! まだ作戦は終わってないんですよ!」

 苦笑いをしながらイサムは三人を叱った。

「イサムの言う通りだ。勝負は味噌汁を飲むまで終わらん。よし、次はどれだ?」

 コウもリーダーらしくみなのネジを巻きなおした。

 その間にイサムは麹室から味見用のそら豆を持ってきていた。

「これからにしましょう。これは口噛み麹の一つです」

 イサムはそう言って小皿をテーブルに置いた。

「……毒だぞ?」

 皿を見てすぐにリーンは言った。

「いや、リーン……いくら食べたくないからって俺たちのをそういうのは――」

 気を悪くしたのかクローが反論するが――

「そうじゃない。『毒物判定』で毒だったと言ってるのだ」

 リーンは言い直した。

 それを聞いてクローも呪文の詠唱をはじめる。

「……毒だな」

 クローも同じ結果を口にした。

「想定外……なのか? 選別をかけても毒のまんまとは……」

 呆然とコウが感想を口にする。

「選別方法がまずいのかな? でも、池で採集したのは毒と分離できたのだし……」

 そんなことを言いながら考え込むイサム。

「……駄目だかんな?」

 そんなイサムにコウが釘を刺した。

「どういうことだ?」

 訝しげにクローがコウにたずねる。

「いや、イサムの奴、味見したいんだ。毒って解ってんだから、身体を張んのは許可できん」

 コウはイサムを見張りながら説明した。

「……残念ですが諦めます。これは四代目ですし、これ以上の選別も無意味でしょう。長い期間の保存方法も思いつきません。廃棄するしかないでしょう」

 残念そうにイサムは言った。

 その言葉にコウとクローはホッとしたようだった。

「誰のなのだ?」

 リーンの発言でその場は緊張した雰囲気に変わった。

「……誰のって?」

 クローが気のない素振りで繰り返した。

「誰が造った……噛んだやつなのだ?」

 リーンは訊き直した。

 別段、緊張した雰囲気に気がついて無いようだった。

「これは――」

「いや! そう言うのは良くない! 成功しようが失敗しようが秘密にすんぞ!」

 何かを言いかけたイサムに被せるように早口でコウが言った。

「……まあ、コウがそう言うならそうしよう」

 クローが何気ない素振りで賛成した。

 やや、早口だったようにも思える。

「そうなのか? まあ誰のでも良いか。次のを調べるのだ!」

 気楽そうにリーンは言った。

 それを合図に次の調査に移る。二つ目は毒ではなかったので、四人とも味見をしてみた。

「……なんていうかな」

「うーん……」

「ちょっと複雑すぎて……アミノ酸が生成されてるのかどうかも……」

 微妙な顔で微妙なコメントをする三人。

「味が多すぎて訳がわからないのだ」

 リーンだけがずばり言いきった。

「そ、そうですね。おそらくは色んな菌が雑多にい過ぎて……毒ではないのですが……複雑すぎる感じになってますね」

 目を泳がせながらイサムがとりなした。

「そ、そうだな。こういう複雑なのもそれはそれで……本人が良ければそれで良いと思うしな!」

 良く解らない感想を漏らすクロー。

 それで二つ目は没とすることになった。三つ目も毒ではなかったので味見に入る。

「アミノ酸だな。池の奴を食べた後なら俺でも解かる。でも……なんというか……薄い感じがしないか?」

 コウはそう評した。

「そうだな。アミノ酸の味がするから麹菌がメインなのは間違いないけど……なんと言うかパンチが足りないと言うか……キャラが薄いというか……」

 クローも微妙な顔をしていた。

「なるほど。これはこれで成果ですね。もう少し選別を繰り返した結果も調べたいですし。麹菌には個性とでも言うものがあるのですが……それの理由が良く解らないんですよね。混ざっている別の菌の問題なのか、麹菌といってもたくさんの種類があるのか……」

 考え込みながら言うイサム。

「池のが無ければこれでも大感激なのだろうが……これは補欠なのだ」

 リーンだけがいつもの調子だ。

 最後はリーンが召喚した麹菌を残すのみとなった。こちらも毒ではなかったので、四人は味見をはじめた。

「うん? なんと言うか……こんどは逆にパンチがあんな。強いくらいじゃないか?」

 コウは驚いて言った。

「そうだな。これはこれで合格だが……強い感じだな」

 クローも賛同した。

「これは少し早めに醗酵を終わらせましょう。これが麹菌の純度が高いっていうことなのかな? なかなか奥が深いですね」

 イサムはそんなことを言った。

「おお! これは成功しているな! それにオレ様の麹菌は元気一杯だったようだな!」

 子供のように喜びながらリーンは言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る