第34話

「どうだ?」

 イサムが顔を出すと、腕組みしたままコウは訊いた。

「大丈夫そうでした。あの後、一度目を覚まして――どうやら空腹で起きたようです――食事を取ってから、また寝ています。一応、グネー姫にそばに着いてもらって。もちろん、ヴィヴィアさんもですけど」

 その言葉にコウとクローはホッとしたようだった。

 本当なら彼ら二人もリーンの看病に……役に立たないとしてもそばに居たかっただろうが、それではリーンに頼まれたことが果たせない。彼らは彼らのできること、麹菌の培養に努めたのだろう。

「なら大丈夫じゃないかな。限界を超え過ぎた魔法を使うと死ぬことがあるらしいけど……それは乗り切ったんだろうし。まあ、俺の知識じゃあまり当てにならんけどな」

 希望的観測も含むのだろうが、クローはそうみんなに言った。

 クローは知識をすっ飛ばして魔法の技術だけを獲得してしまっている。なので細かい知識や応用などは全くだが……注意事項としていまの知識を誰かに教わったのだろう。

「それにしてもリーンの奴、日本語を喋れた……というか、忘れてなかったんだな」

 冗談のようにコウは言った。

「ああ、コウははじめてだったか。アイツは完全に日本語を覚えてるぜ? ただ、不便だからこの国の言葉で話してるだけなんだ」

 クローは知っていたのかそんな説明した。

 リーンは日本語を理解できるし、喋ることもできる。彼ら三人と日本語で話しても意思疎通に問題は無い。しかし、会話に異世界人が混じっている場合、リーンの日本語だけが異世界人に通じない。リーンには『翻訳の加護』が無かったのだ。それでは不便なので、彼ら三人以外にも解るよう異世界語で話しているのが真相だ。

「それより……詳しくは解らないのですが……最後の方、明らかに日本語で魔法が行われてましたよね? あれって普通のことなんでしょうか?」

 驚きの表情でイサムは訊いた。

「解らんなぁ……。俺は要するに……魔法語とでもいうのを丸暗記しているのに近いからなぁ……」

 クローの知識では答えられないようだった。

「イメージが最重要みたいですから、日本語で魔法を使ったんでしょうが……むしろ、その発想に驚きですよね。日本語で『稲』といったら完全に米のできる稲のことですし……『麹菌』といったら麹菌をきちんとイメージできるでしょう。しかし、日本語用の魔法体系を新たに作ったんだが……日本語で魔法を使えるようになる魔法を使ったんだか……。とにかく、とんでもない方法だったと思いますよ」

 そう言うイサムは畏怖の表情を隠せていない。

 それは見方を変えれば世界の法則を変えるだとか、新しい法則を追加するだとかであるから……神の領域ともいえた。

「良く解らんが……アイツは少し自重させよう! 俺はあの魔法が暴走して世界が崩壊したり……その類の大惨事が起きなくてホッとしてんだ」

 そう、コウは締めくくった。

 異世界の住人にしても世界崩壊の理由が「醤油と味噌が欲しかった」では堪らないだろう。大事にならないだけで良しとするべきだった。

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