8-2 ボランティア
* ライナス・デューク
「カレーライスの中辛。大盛りで」
「はいよー」
知る人ぞ知る名店だと聞いていたが、なかなか繁盛しているようで、席は八割ほど埋まっている。店主は思っていたより若い。
内装は変に飾らずに落ち着いた雰囲気を優先。メニューは最低限の品数。清潔に保った厨房と作業着。カレーに対する思い入れは普通ではないらしい。
店主がお冷を出してくれたので、礼を言って手に取る。すると店のドアベルが鳴った。
「いらっしゃい」
ジェイドは俺に向けて手のひらを軽く挙げると、店内を一度見回してから満足そうに隣の席に座った。もう三十半ばだが、相変わらず洒落た格好が様になっている。
「遅かったな」
「ほんのちょっとだろ。それに時間ぴったりなのは俺だ」
ジェイドは調子のいい声でそう言いながら、目の前に置かれているメニューのプレートを手に取った。
「すみません。カレーライス甘口で」
「はいよー」
「お前辛いの苦手だったか?」
「いや、普通に好きだ。気分だよ気分」
初めて来る店でそれをやるのか。短くない付き合いだが本当によくわからん奴だ。
「おいおい、眼帯はもっと見た目で選べよ」
にやけ面が俺の顔を覗く。
「選んでる時間がいちいち面倒だ」
「分かってねえな。見た目ってのは結構大事だぞ。ああ、そうそう、お前の言ってた実験だがな」俺に目線を寄越しながら、水を一口飲んで言う。「ま、だいたい成功だ」
「成功……? 俺の見たて通りだったってことか」
「そう言うことだな」
「具体的には」
「出向いたのは七人だ」
「まあまあだな」
「人数はな。だが、迅速さを捨てて隣の拠点からわざわざ持ってきてる上に、うち三人はひよっこだ。リスクを考えたら甘すぎる対応だろ」
連中の立場になってみれば、囮どもが何をしでかすかわからなかっただろう。それでいてトップがあれだ。できるだけ早く、かつ確実に対応しようとするはず。
だが連中は早さを捨てて、三番都市から確実に処理できる人材を連れてきた。それはつまり、五番都市にはそれに値する力を持ったやつがいなかったってことだ。
「確かに、予想は当たっていたようだ」
「だろ」
「ならすぐに仕掛けるわけだな。策は?」
「いや、本格的に仕掛けるのはまだだ」
意外な一言だった。
だが時間との勝負であることは分かっているはず。そして
「何か心配事か」
「心配事……でもねえな。新しく準備したいことが一つと、気になった奴が一人」
この言い方は、詳細を尋ねても話さない時のそれだ。警戒心が強いのか、それとも小馬鹿にしているだけなのかはわからないが。
「お前にはそれと並行して、軽いジャブを打ち込んでもらう」
「また何かしようとしてるのか」
「まあな。楽しみにしとけ」
ジェイドは片眉を上げてそう言った。
俺は鼻で笑って、水を一口飲んだ。
ふざけた奴だが、こいつはこの間の若いリーダーとは違って、全てを持っている。故に、実際に楽しみにできる。
「ああそういえば、お前が少し前に取り逃したのが来てたぞ」
「ん?」取り逃した奴……「ああ、あれか」
うっかりその辺の無覚醒に手を出して特務部隊を呼ばれた時だったか。追ってきた分隊のうち三人は仕方なく殺したが、一人逃げた奴がいた。確かピンク髪……いや、赤だったか。
「取り逃したと言うほどの興味はない」
「つめてえなお前は」
ジェイドは可笑しそうに言った。
そういえばあのあとに、昔馴染みだったこいつのところに誘われたのだった。そのおかげで行方をくらますことができたのもあって、ジェイドへの感謝は尽きない。
「はいおまちどお。甘口と、中辛大盛りね」
カウンターの上段に、盛り付けられた二つの皿がコトリと乗せられる。
「お、どうもどうも」
「ありがとうございます」
皿を手に取った瞬間、俺は(おそらくジェイドも)まず香りにやられた。食欲が鼻腔の奥深くに突き抜ける。
「「いただきます」」
皿を目の前に置いて手を合わせてから、ご飯とルーを一緒にスプーンですくって口に運ぶ。
「なかなかいける」
「うまいな!」
圧倒的深みを持つコク。その味に、おっさん二人なりに盛り上がる。
「気に入ってもらえたかな?」
店主が食器を洗いながら笑顔でそう言った。ジェイドが答える。
「いやあ気に入った。今まで食べたカレーで一番かもな」
「あはは、それは良かった」
意外にも気さくな店主だ。さっきも何度か客と話していたのを見るに、彼女目当てで訪れる客も少なくないだろう。
「さっき話してたのは仕事の話?」
急に投げかけられる問い。核心をつく言い方は避けていたとはいえ、会話に一般人なりの僅かな疑問を持たれてしまったらしい。
俺とジェイドは顔を見合わせる。ジェイドが笑って言った。
「いやいや、ボランティアの話ですよ」
思わず鼻で笑いそうになった。
「へえ、お客さんたち立派だね」
店主は少し目を見開いて頷いている。
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