生き物ってなに

10-1 俺たち

* び っ く り だ ね



 こうなることを予想してたのかって?

 いやあ、まあ多少はね。

 けどまさかここまでとは思わなかったよ(笑)。

 彼女は昔から、息をするように私の期待を超えていくからね。

 それで、君はこれからどうするのさ。もう猶予はあまりないと思うけど。



* ユリア・シュバリアス



 私がお礼を言うと、アサカワ班長は「無理すんじゃねえぞ」と言って奥の部屋に歩いていった。

 体の傷は完治した。火傷も治った。あの人は何者なんだ。

 なら無理するなというのはどういう意味なのか気になるところだけど、考えても仕方ないのでやめておいた。

 病院の出入り口に向かいながら、別のことを少し考えた。

 もしかしなくても、私はやらかしたのだと思う。どこがやらかしているのかというと、多分、ハルを撃った後の態度だ。あの時の隊長やイロハの反応、アサカワ班長の言葉からして、どうやら私は平気すぎたらしい。

 ハルの葬儀に行くのはやめた。

 行ったら誰かしらに怒られるというのもあるけど、ハルは最後に想いを伝えてくれたから、もう一度会いに行くのは違うような気がした。

 ハルがいなくなって、シマザキ分隊は活動休止となった。と言っても、イロハはフォルマン分隊にお世話になっているし、シマザキ隊長は以前と同じように別枠で活動しているらしい。

 私はというと、精神的ショックの疑いがなんとかで休養だ。

 一体誰がそんなことを言い出したのか……とは思うんだけど、きっと精神的ショックがない方がおかしいんだろう。

 だから今回の休暇が一体いつ終わるのか、私にはわからなかった。

 分隊長にはあれ以降会っていないけど、だいぶ参っているみたいだった。多分、私が不注意に思っていることを発言してしまったからだという気はしていた。

 そんなことを考えるうちに病院の外へ出た。

 さて、ここからが問題だ。休養と言ったって精神に何ら異常をきたしていない私に今日の予定なんてないわけで——


「あ」


 斜め前方向からサバサバした女の子の声が聞こえた。


 見るとそこには、三人の顔見知り。ルシア、サフィさん、イロハが立っていた。

 声をあげたの多分サフィさんだろう。ルシアとイロハもびっくりしている。


「三人ともどうしたの?」

 通行人の邪魔にならないように、脇に避けつつ言った。

 イロハが答える。

「任務の合間にお見舞いに来たんだけど……元気そうでよかった」

「え、ああそうなんだ」きっとその合間はごく一瞬の合間なんだろうな。「ありがとね」


 普通に笑顔でそう言った。

 すると、ルシアが若干顔をしかめた。私もつくづくバカだ。

 ルシアは私の目の前に立ち、それから俯いて黙った。彼女の拳は強く握られていた。


「ユリアがしたこと、間違ってないよ」そう言うルシアの声には、明らかにいつもの元気がこもっていなかった。「私も同じ状況だったらそうする」


 言葉はそこで途切れて、また黙った。

 ちょっとして、彼女はくるりと踵を返し、少しだけ元気の戻った声で言った。


「それだけ言いに来たんだよ。じゃ、ゆっくり休んでね」


 そうしてスタスタと歩いていってしまった。

 サフィさんがため息をついた。


「ほんと、わかりやすいんだから」彼女は呟いた後、私を見る。「確かにあんたは間違ってない。だとしても、あたしがルシアなら一発は殴ってる。そこに正しさとか関係ないから」


 最近、同じような言葉を聞いた気がする。

 サフィさんの顔は、最初の時とはまた違った嫌悪感を表していた。

 彼女もルシアの後を追い、残されたのはイロハだけだった。


「なんか、ごめんな。本当に見舞いのつもりだったんだよ」


 確かに見舞いに来た人とは思えないセリフを吐かれたのは事実だ。


「ううん、大丈夫だよ」

「そっか。そう言う時ってだいたい大丈夫じゃないけど、ユリアは本当に大丈夫なんだよな……」


 イロハからは嫌悪感は感じない。ただ「信じられない」という思いだけが見て取れた。


「なあ、前回の任務の前に俺に言ったこと覚えてるか?」

「言ったこと? 任務の前……」

「何が正しいかなんて重要じゃない。自分のやりたいことをやれば迷わないって」

「ああ!」


 二重で納得した。確かにそう言った。あと、さっきサフィさんの言葉で思い出しかけたのも多分それだ。


「あれから少し考えたんだけど……俺さ、やっぱり違うんじゃないかなって思う」

「うん?」


 彼の言っている意味がわからず問い返す。

 イロハは申し訳なさそうだった。


「例えできなかったとしても、俺たちは正しくあろうとするべきだと思う。ずっと迷って、悩んで、それでも進んでいくのが俺たちなんだと思う。さっきルシアがユリアの前で何を考えていたのかわからないけど、あの時間がきっと、俺たちには必要不可欠なものなんだよ」

「そっかあ……」


 私はしばらく考えた。必死に努力した。

 イロハが口にした言葉を一言一句間違わずに記憶して、二度三度脳内で繰り返した。

 そして私は、


「そうかもしれないね」


 と言った。

 嘘だった。

 彼の言ったことは全く理解することができなかった。

 本当に、からっきし、つゆほども理解できなかった。

 けどそんなことを知らないイロハは、熱弁したことを恥ずかしそうにしながら言う。


「ま、まあ、正しくて迷わないユリアが一番すごいんだけどな」

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