9-10 乾いた風

* ユリア・シュバリアス



「もう、嫌いなんて言わない」


 いつもより少しだけ重い銃身を、見知った顔に向けた。

 そこには、見れば安心できるはずの笑顔があった。

 まるで初めてそれに触れるみたいに、私はゆっくりと引き金に指をかけた。

 これを撃たなければ、私が死ぬ。みんなが死ぬ。大勢が死ぬ。

 撃てばハルが死ぬ。もう会えない。

 枝分かれするわかりきった結末。

 けど、それは選択肢なんかじゃない。そこにあるのは、ただ一本の道だけ。

 だから、

 私は私が生きるためにハルを殺す。


「大好き」


 ハルが言った。

 その瞬間、心が幸せでいっぱいになった。

 動き出す指。一気に引いた。

 弾丸は立ち塞がる氷の幕を易々とくぐり抜け、ハルの頭を吹き飛ばした。

 銃身から煙をあげるリブ。飛び散った血と欠片。小さい穴を開けたまま残っている氷の幕。

 構えていた腕を下ろした。静寂に少しの寂しさを感じながら、虚空につぶやいた。


「私もだよ」


 直後、痛みに全身がこわばった。

 でもなぜだろう。今回はずいぶんマシな気がする。

 慣れたのかな。



* レン・シマザキ



 —————————————


 永遠にも思える時間、動けなかった。

 イロハが後方で膝をつき、へたりこむ。その音で俺は体の自由を取り戻した。

 氷の幕が勝手に砕け散って無くなった。役に立たなかった氷。それをもう二度と使うことができないことを示していた。


「私もだよ」


 ユリアが何かを呟いた。その顔は少しの寂しさと、満足感と幸福感で塗りたくられていた。

 虫唾が走った。


「なんでだ」


 隊員が隊員の手で死んだ。

 気づいたら怒りに任せて走っていた。

 絶対に死なせないと誓ったのに。


「なんでだ!」


 その低く小さい胸ぐらを掴んでいた。

 俺が生きてたって意味がないのに。

 ユリアは「訳がわからない」というような、当然でありえない反応をしていた。

 死なせたら、両親のように死ねなくなるのに。

 そしてその反応の中にあるものをそのまま口に出すように、言った。


「あの、何がですか?」

「は?」


 何がですか——だと?


 彼女の胸ぐらを掴んでいた両腕がパタリと落ちた。


「ユリア……」


 イロハが弱々しい声で呟いた。

 一歩。二歩。フラつきながら下がった。

 ユリアの全身が視界に入る。そこには純粋な少女がいた。醜い少女がいた。

 俺は怯えた。


「お前は……人助けがしたいんじゃなかったのか……」

「そう、ですよ」

「だったらなぜ! ……ハルを殺して平然としていられる」

「いや、ですからそれは——」


 何かに気づいたように、一瞬言葉を詰まらせた。

 その間はまるで、かつて同じ答えを口にしたことがあって、その相手が俺ではなかったことを思い出したかのようだった。

 乾いた風が、ユリアと俺の間を吹き抜けていった。

 ユリアは仕切り直して言った。


「だって、そのほうが大勢助けられるじゃないですか」

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