3-1 隊長
* レン・シマザキ
「失礼します」
「部隊長室」と書かれた扉を開けて敬礼すると、部隊長さまは執務中だった。難しい顔つきで、立派な木製の机に向かっている。ベージュ色のかなり長い髪は、今は後ろで縛っているようだ。彼女は顔を机上の紙の上に向けたまま、落ち着いた声で俺に投げ掛けた。
「久しぶり、レン」
「ご無沙汰しております、バークンス部隊長」
机の前まで行って、再度敬礼する。すると彼女は、答礼の素振りを見せずに、視線だけをチラリとこちらに向けた。
「バカにしてるのかしら」
「……」
なんだこいつ。
ここは普通、今は二人きりなんだから気にしなくて良いわよー、みたいなことを言う場面だろ。確かに悪ふざけの気持ちはあったけど。
「で、どんな要件?」
仕切り直す。
ルティーは万年筆を置くと、椅子の肘置きに両腕を乗せて言った。
「ごめんなさいね、かわいい分隊との大事な活動時間を奪ってしまって。何分多忙なのよ。怒らないでちょうだい」
「無表情で煽るな」
しかも本当なのが逆に腹立つ。いや別に、出世で先を行かれたことは気にしてないけど。
「新しい分隊の近況を報告して欲しくて。ほら、色々あるじゃない。あなたの分隊って」
「報告ねえ」
いろいろ、か。まあ確かにいろいろはある。
「悪くはないよ。経験は乏しい奴らだが、三人とも筋がいいし、何より頭がいい。実力も階級もすぐに上がるだろ。けどまあ、そうだな。ハルに関しては、俺としても不安が無いでもない」
分隊長だし、それにハルと呼ぶくらいには彼女のことを理解している。
「そうなんだ。てっきり何か策があるのかと思ったわ。あの子を新しい分隊に入れたいって言ったのはレンだから」
ん? そんな事言ったか? ……いや、言ったな。確かに言った。けどあれは、俺の分隊が編成される事を知る前の話だし、何よりあのセリフは「あー学校爆発しねえかな」みたいなノリで言ったやつだ。
「お前、あれを間に受けたのか……?」
「別に。ただそれを聞いて、逆に現実にしてやろうと思っただけ」
「ただの意地悪じゃねえか。部隊長として失格だろ!」
「まあそれは、あくまで私の個人的な感情。もちろん編成は客観的に考えてそうさせたものよ。あなたの分隊が、もっとも効果的に彼女を活用できる」
「そうか。けど、俺はなんとかする策なんて持ってないぞ。俺よりも分隊員の方に期待してるんじゃないの?」
「それは、確かにそうかもしれないわね」
ルティーは机の端に置いてあった書類に目を向けた。その紙面の上の方に、「ユリア・シュバリアス」という文字が見て取れる。書かれていることまでは分からないが、おそらくは隊員票だ。
「ねえ、レン」
彼女はその紙を見ながら言う。ちょっと真剣な声だった。
「はい、なんでしょう」
「シュバリアス二等兵について、どう思った?」
「どう思った、って……そりゃあ色々と思ったことはあるけど」
何か言いたいことがあるようだ。
俺は続ける。
「突出した身体能力、素早さ。それに、頭の回転の早さに貪欲さ。どれも見事だ。けど、別に総合的な戦闘能力が秀でているわけじゃない。ってところかな」
「……ふーん」
微妙な反応だ。
「どうかしたのか?」
「え? ええ、まあ。なんというか、違和感みたいなものかしら。彼女の内面が、ちょっと計り知れなくて」
「へえ、内面ねえ」
他人の内面ってのは大抵計り知れないけどね。
だが、ルティーはもともと人格の分析に長ける。「ちょっと」と表現したのがどういう意味なのかは分からないが、彼女にしかわからない違和感がユリアにはあるのだろう。
俺はその違和感に対する解答を持ち合わせていない。あるのは、俺個人の感想だけ。
「不安みたいなものはちょっと感じたけど」
「それってどんな?」
ルティーが言葉と視線で続きを促す。その目の下に、うっすらとクマが見えている。
仕事ができすぎるってのも同情するなあ。
「戦闘訓練で相手にした時思ったんだよ。ユリアは、秀でた戦闘能力は持っていなくとも、覚醒者のイロハやハルと同格レベルに戦える。それってつまり、彼女の前じゃあ俺ら覚醒者は、戦闘能力という取り柄を失うことになるんじゃないかって」
特務部隊は、守る対象に「化け物集団」だとか言われ、嫌われてきた。そして、その嫌悪感に報復するようにして、俺たちはやっぱり、無意識に無覚醒者を見下してきた。
戦闘能力という取り柄を失った覚醒者は、もはや化け物ですらない何かなってしまうのではないか。彼女と対峙した時に、ふとそんならしくもないことを思ってしまった。
ユリアが覚醒者を分析するときにする目は、いつも同じだ。あの目はまるで、今まで見下してきた全ての覚醒者に対する、復讐の目。彼女にそのつもりはないのかもしれないが、俺はなぜかそう感じてしまった。
「随分ネガティブじゃない」ルティーの言葉で現実に戻る。「もしそうなるのなら、軍司令はとっくに特務部隊を解散させてるわ」
それは、確かに。と思って、途端に可笑しくなった。
「いやあ、極端な話だよ」
今のユリアは俺の足元にも及ばないわけだし。
「言いたいことはわかるわよ。もしかしたらそれが理由で、軍司令はこの子を推薦したのかもしれないわね」
「ん……?」
頭のいいやつってのは、たまに凡人には理解できない発言をする。軍司令が覚醒者の破滅を狙っているとでもいうのかこいつは。
「それはそうと、レン」
「おう」
「分隊のメンバーを、ちゃんと気にかけてあげて」
気に掛けてあげてだって? もしかしてこいつ、俺が今日御託を並べつつ嬉々として業務を放棄してきたことに勘づいているのか。
まずいな、あくまで仕事はちゃんとこなすということをアピールしなければ。
「心配には及ばないぞ。俺が死ぬまでは、あいつらはしっかり守るつもりだ」
「いえ、そうじゃないわ」
「え、じゃあ、どういう意味だよ」
そう返すと、ルティーはしばらく黙って、考える。
凡人にわかるように言い回しを考えているに違いない。それとも、特別言いにくいことを言おうとしているのか。
「私が心配しているのは、」
ルティーは若干間を開けると、顔を伏せた。
彼女は尚も無表情。だが、俺にはわかる。その目には、苛立ちやら哀れみやらがぎっしり詰まっていた。
「いえ、なんでもないわ。忘れて」
「そうか」
今ルティーが言おうとしたことは、なんとなく察しがつく。だけど本人が取り消す判断をしたんだから、その内容がなんであれ俺には関係ないってことだ。
……。
そう思ってはいても、いつの間にか、自分の腰のそれに目をやっていた。なんの変哲もない、どこにでもあるような直剣。これについてはルティーに何度も説教をされたけど、その意味も結局わからないままなんだよな。ルティーの言葉が難解なのか、俺が単に馬鹿なのか、分からないけど。
「まあ、任せとけよ。あいつらは絶対に死なせない。絶対にだ」
ルティーは一つ、息を吐く。
「せいぜい期待してるわ。シマザキ准等特務士官」
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