2-3 連携

* 転属二日目のこと。



 シマザキ分隊長は演習場の中心あたりで私たちの方を見て言った。


「じゃ、始めようか」


 彼は、少し笑っている。

 私たちはそれぞれ姿勢を正し、シマザキ分隊長に注目した。

 分隊長は続ける。


「俺と君たちの一対三。覚醒能力の使用は許可する。俺は使わないけど」


 ものすごいハンデを言い渡されて、私たちの間に微妙な雰囲気が流れた。

 分隊長は「ははっ」と笑う。


「心配ない。俺が使うのは木剣だし、手加減はする」


 そういうことじゃないです隊長。


「終了条件は、俺が満足するまでかな」


 分隊長は腰にある地味な直剣ではなく、手に持った木剣を抜いて、鞘を放り投げた。


「誰からでもいいぞ。来なよ。くれぐれも、連携を忘れないようにね。あと、殺す気で来るように。一生終わんないから」


 連携、か。この中で言えば私は明らかに前衛。イロハは後衛だろうし、ハルは中間って感じか。

 分隊長は片手に木剣を握ったまま、構えもせずに棒立ちしている。

 彼の少し気の抜けた口調には似合わず、その体に纏った雰囲気は確実な実力差を私に感じさせた。

 彼とは初日に対峙しているから初めての感覚ではないけど、今日の彼は木剣を持っているから、それはつまり応戦するってことだ。些細な違いだけど、それだけでこちらの気持ちに昨日との差が出る。二人もそれで仕掛けあぐねているはずだ。

 私はきっと、恐怖している。うん、多分そうだ。そうに決まってる。……でも、だからこそだ。やっぱり相手が強ければ強いほど、なんだか期待が膨らんでくるものだ。

 まず、短剣を抜いて、右手に逆手で握った。ゆっくり息を吸い、重心をストンと落とす。

 分隊長の口角が、また少し上がった。

 私は顔を下に向けて、吸った息を静かに吐き出した。


「いくよ、二人とも」


 言って、全力で地面を蹴った。

 初撃は見切られやすいとわかっている。故にこの一手は、全身全霊のスピードで臨む他ない。


「はやっ……!」


 微かに、イロハの声が耳に入った。

 私はシマザキ分隊長に意識を集中しながら、できる限りの低姿勢で腕を振り続ける。

 分隊長は、絶妙な間合いで木剣を横に振った。武器のリーチ差での有利を完璧に活かした距離感。しかも私の顔を完全に捉える高さの攻撃。ジャンプでは避けづらく、姿勢の低い私では下に避けることもできない。

 だが、私は越えられる。

 低くした姿勢をバネにして、隊長の頭上で宙返りするように全力で跳んだ。彼の横薙ぎが空を切る。


「いいね。速さだけは、十分だ」


 分隊長の頭部が、逆さになった私の頭上を通る瞬間。私はそれを狙った。握った短剣を相手のうなじに突き立てようと振るう。

 が、分隊長は背後に手を伸ばし、直前で私の手首を掴んだ。なんて反応速度だ。それに攻撃後の隙が無さすぎる。

 分隊長は振り返りつつ、その手を勢いよく振り下ろした。私はなす術なく地面に叩きつけられる。

 分隊長は握った私の腕を振りまわし、演習場の壁に向かってぶん投げた。私の体は面白いように吹き飛んだ。分隊長の体がどんどん小さくなり、演習場の広い空間が一気に視界に入ってくる。やがて壁に激突した。

 ずり落ちる。戦闘用インナーによって衝撃は抑えられているとはいえ、鈍いダメージが体に響いた。

 シマザキ分隊長が、追撃のために駆ける予備動作を見せる。だが、


「はッ!」


 横に展開していたハルが飛び出し、分隊長の側面を捉えた。レイピアでの鋭い突きが、彼の喉元に向けて放たれる。


「悪くないフォローだ」


 不意をついたかと思ったが、分隊長はひらりとかわし、その腕を掴んだ。

 ハルは怯まず、左手を分隊長の腹部に突き出した。その手は白い光を発し、炎の小爆発を発現させる。

 でも、もうそこに分隊長の体はない。


「もっと集中しな。外理エネルギーの変換効率が落ちてる」


 ハルは顔をしかめた。的確なアドバイスだったのかもしれない。

 攻撃後の隙をついた分隊長の蹴りが、ハルに迫る。


「降り注げ、強襲魔剣アサルトブレード!」


 複数の、半透明な青白い魔力の剣。それが、イロハの頭上から二人の間を目掛けて降り注いだ。言霊による汎用魔術。

 ハルと分隊長は、その場から飛び退く。


「くそっ……」


 イロハが声を漏らす。どうやらズレたらしい。本当に僅かな差だけど、分隊長の頭上に落としたかったようだ。


「なっ……!」


 ハルが声をあげる。彼女のすぐ目の前には、やり直しとばかりに蹴りを放つ分隊長の姿があった。


「味方の援護で安心するな」


 ハルの体は、派手に吹き飛んだ。彼女の握っていたレイピアが地面に転がった。ほんの一瞬集中を切らせただけでこうなるのか。

 分隊長がイロハの方を向くと、イロハは分隊長の眼前まで迫っていた。


「おっと」


 イロハが剣を振り下ろした先には、既に分隊長の姿は無い。

 イロハはそこからさらに踏み込んで、切り上げ、突き、薙ぎ払いへと派生する。


「君は優秀だけど、近接弱すぎ」


 しかし、その全てが軽々と空を切った。

 攻撃後の一瞬の隙を見逃さなかった分隊長は、イロハの剣を大きく弾いた。そこから一直線に縫うように、分隊長の突きがイロハの胸部を捉えた。

 イロハは小魔法陣で防御魔法を展開した。

 悪あがきだ。ほんの僅かに時間がかかるだけで、結果は変わらない。彼は二撃目をくらって吹き飛んだ。

 でも私にとっては、その僅かな時間で充分だった。


「早かったね」


 彼は私が間合いに入ったことを認識していただろうけど、イロハのおかげで対応が遅れた。

 もう一度、姿勢を低く。

 分隊長が私を正面に捉えるのと同時に、私は駆けた勢いを殺さずに、低く、大きく、踏み込んだ。

 手を伸ばせば届く距離。

 分隊長の膝蹴り。恐ろしく早い反応速度。だがそれは条件反射の類。

 故に読んでいる。

 体を捻りながら、さらに下に姿勢を落とす。地面につくスレスレ。

 分隊長の膝蹴りが髪を撫で、同時に、振り上げた足を打ち込む!

 完璧に読んだ攻撃へのカウンター。攻撃に重なる攻撃は回避不可能。

 のはずなのに、私の蹴りは空振りに終わった。

 隊長は放った膝蹴りごと体を捻り、側方に回避していた。

 でも体勢は崩した。

 と思ったけど甘かった。私が追撃に移るより、彼の反撃の方が早かった。

 木剣を横腹に喰らって、私は地面を転がった。


「今のは良かったんじゃない?」


 隊長が嬉しそうに言う。ハルもイロハも私もドン引きした。

 三人とも体は戦闘用インナーに守られているけど、心は満身創痍だった。

 でも分隊長は火がついてしまったらしく、私たちはそこから半日くらいはしばかれたと思う。もちろん二人の外理エネルギーは数時間で切れるから、そのあとは近接戦闘に切り替えられた。

 私は慣れているからマシだったけど、終わったあとの二人は白い燃えかすみたいになっていた。



* 現在



「ユリア」

「はい!」


 ハルに呼ばれて、反射的に声が出る。


「私の話、聞いてた?」


 私の隣を歩くハルが、あからさまなジト目を私に向ける。

 落ち着け。直前の二人の話を思い出すんだ。私ならできる。私はすごい奴だ。


「えーっと……、……なんだっけ」

「……」


 ため息を溢すハル。イロハは、私の反対側で笑っている。とりあえず謝っておいた。

 ハルが少し低い声で言う。


「今の私たちは任務待ちの状態だけど、ここで任務指令が来たら分隊長との合流を最優先にしましょうねって言ったの。分隊長からの命令よ」

「わかりました!」


 元気よくそう言って、意味のない敬礼をした。ふう、怒られるところだった。

 それにしても、巡回は任務待ちなのか。そもそも私の認識では、こういった巡回は常衛部隊の仕事だと思っていた。常衛部隊は、各地に常駐して治安を守る事を目的とした組織だから、

特務部隊が巡回をするイメージはあまりなかった。

 ふと、私は立ち止まった。


「ねえ、ハル……」


 私の口から言葉が出る。遠い前方、視界の隅にそれが目に入った衝撃で、特に意味のない言葉を、無意識に発していた。


「ん、な……に……」


 ハルがそれに反応しようとして、言いかける。二人も立ち止まった。それを合図にするように、周囲の人間の焦った叫び声が、やけにはっきりと耳に雪崩れ込んでくる。私が指を差すまでもなく、二人はすぐにそれを認識した。


「火事だ」


 イロハがそう呟き、私たちは一斉に走り出した。

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