4-4 ニル
* ニル
ユリアの反応がない。
この体、間違いなく私が作ったものではない。
オリジナルだ。
どうやらユリアが気を失うのと同時に、強制的に呼び出されたらしい。直前に私のエネルギーを使っていたのが原因か。
「ニル……? 誰」
シマザキが眉間に皺を寄せる。こいつは優秀な人間だ。私を脅威だと判断すれば、全力で滅ぼそうとするに違いない。
「安心しろ。私はユリアの友人だ」
「は?」
シマザキの眉のシワが深まった。イロハも敵意は露わにしていないものの、警戒の色は見て取れる。
私は念のために両手を上げて、説明を続けた。
「以前からユリアの体に住んでいた。同居……いや、居候に近いな。今はなぜかユリアの代わりに表に出ているに過ぎない。正直私も驚いている。敵性がないことを理解して欲しい」
必死に弁明したつもりだったが、シマザキの眉間のシワは無くならない。
「居候だと? なんのために」
「それを説明するには少し長くなるが……」
「構わない」
シマザキは私を見定めている。ここは簡潔に話すよりも、全て話してしまった方が信憑性を得られるかもしれない。致し方ないか。
「では、少し昔話をさせてくれ」
……
私は大量の外理エネルギーで構成された、死んだ人間の魂の集合体だ。
その数は自分でも計り知れない。
生前の記憶はない。なぜなら、私と私を構成する個は別物で、私はあくまで集合体そのものでしかないからだ。
私が意識を獲得したのは、大体十年前のことだった。その時から、私はある一つの願望に囚われた。
それは、探し物を見つけること。
おかしな話だ。探し物が一体なんなのかでさえ、私は覚えていないというのに、その願望だけが私の頭に強く残っていた。それは、私を構成する魂の一つが持っていた願望なのかもしれない。または、もしかしたら記憶を失う前の私がいて、その私が持っていた願望なのかもしれない。
私は、私のことについて、何も知らない。私が何者であるかも、本当の意味ではわからない。だから、私の中にたった一つあるその願望が、私と言う存在を確定させるための手がかりになるのではないかと思った。
私は一人で彷徨った。さまざまな場所で、さまざまなものを見た。だが、私の探し物に関する記憶は、少しも戻らない。
実体のない体では限界があった。物に触れることも、人と話すこともできないからだ。
私は協力者を探した。この国の軍人が望ましいと思った。その理由は、私の探し物に関して、ただ一つだけ記憶が残っていたからだ。それが、軍服だった。
そうして私は、私の願いに都合のいい軍人を探し始めた。
そして私はユリアに出会った。ユリアとは、実体化していない状態でも喋ることができた。
ユリアは私の頼みを快諾した。彼女は、私でさえ助ける対象として認識したのだろう。大したやつだ。普通は怪しむだろうに。その時、私は見事に彼女の人間性を気に入ってしまったわけだ。
それが六年前の話だ。それから私は、彼女の中に住み続けている。
……
「なるほど、どうやら嘘ではないようだな」
シマザキはそう言って、剣を納めた。妙に物分かりがいい。
「いいのか?」
「ああ。お前のエネルギーは、ユリアに馴染み過ぎてる。この俺でさえ気づくのにしばらくかかったほどだ」
「ほう、お前はそこまで見えるのか」
「当然だ」
他人の外理エネルギー量は、覚醒能力の練度が高まると見えるようになるらしい。これが可能な時点でかなり優秀な証だが、エネルギーの性質まで感じることができるとなれば、それだけで超一流の覚醒者だと言っていい。
だが、言われてみれば確かに当然だ。この男が超一流でないはずがない。
「じゃあ、さっきの銃はなんだよ」
イロハが問う。シマザキが片眉をあげて彼を見た。
きっと、話しておいた方がいいのだろう。だが、
「それは後で話そう。今、この体は私が無理やり動かしてしまっている。正直言って、長く喋っている余裕はない」
疑いを晴らすために少々喋ったが、この体は早く安静にさせるべきだ。死ぬ心配は少ないだろうが、はやく起きてもらわねば困るのだ。
シマザキは数秒考え、イロハに言う。
「……救護班が待機してる。撤収するぞ。イロハ、お前も平気じゃないんだ。続きは中央拠点の病院で聞け」
「了解……!」
シマザキがハルを担ぎ上げ、やがて救護班と合流した。彼の指示で、私は担架で運ばれた。
揺れる布の上で目を閉じた。
壁を破壊され、人間のエリアと自然界が混在しているこの場所は、妙に静かだった。
私に心配をさせた代償は高くつくぞ、ユリア。
* ユリア・シュバリアス
白い天井が見える。一つ二つと瞬きをしても、同じ天井。
柔らかいベッドと、ほのかに香る独特の匂い。頭の上にある窓を見る。窓の向こうはもう夜で、その暗闇からコオロギの鳴き声が微かに聞こえてくる。
上半身を起こした。長方形の広い部屋に、ベッドが二列で並べられている。八割くらいは埋まっていた。
ここはおそらく、中央拠点の病院だ。ですよねと言う感じ。
体には特に異常はないみたい。痛みも抜けている。
向かいのベッドを整えていた女性と目が合った。紺色の長袖の上に、エプロンにも似た白いワンピースを着ている。もしかしなくても看護師だ。
彼女は私を見ると、パッと目を見開いた。
「アサカワ班長を呼んできます!」
そう言いながら、足早に去っていった。
「ユリア!」
視界の横から、イロハの顔が覗く。椅子が倒れる音がした。彼の手には、分厚い本が握られている。
どうやら元気みたいで、安心した。でも、彼も患者衣を着ていた。
「体は平気か? どこか痛むところとかないか?」
イロハは畳みかける。そうか、また心配させたんだ、私。
「大丈夫みたい。へへ、ありがとね、イロハ」
「よかった、その顔ができるなら心配ないな」
彼はニコリと笑う。二度も心配をかけたことを謝ろうとしたけど、それは心の中にしまっておいた。正解だったみたいだ。
「ここにきてからはニルも反応がなかったから、心配したんだぞ」
「え、待って待って」
私は頭を抱える。
突然にイロハの口から出た「ニル」という言葉を処理しきれなかった。
「私、ニルと交代してたの?」
「みたいだな」
「強制的に引っ張り出しちゃったか……」
ここで彼女をみんなに会わせるのは予定外だった。というか、会わせる予定はなかった。だって怖いもん。
でも、どうやらイロハは受け入れてくれているようだ。問題はシマザキ隊長だけど。
ニルに小声で呼びかけてみた。が、反応はない。まさか、消えたりしてないよね。
「私、どれくらい寝てた?」
「七時間くらいだな」
「思ったより短かった」
「しばらくは安静らしいぞ。様子見で今日は三人とも入院だって」
「え」
そりゃあそうか。
過剰変換症状を起こしたイロハと、魔物による攻撃に直撃をもらったハルと、正体不明のダメージで気を失った私。医者ならそう判断するだろう。
「そうだ、ハルは?」
「ハルなら少し前に起きてるけど……」
イロハの表情が、少し曇る。
「なんだか元気がないみたいなんだよ」
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