4-3 私だけの

 追撃。私狙いだ。

 叩きつけが来る。

 速い。側方に飛び込んで回避。

 ブルーガルムが小さくジャンプ。体の側面を私に向けた。着地と同時に、相手の重心が低くなる。

 タックルか。

 予備動作でそう察した私は、後ろに跳び退きつつ後転。視界が翻る。

 まだ体が重い。しかも相手は速くなった。もうさっきまでのような余裕はない。

 世界が逆さまになった瞬間に、両腕で地面を押して距離を取る。

 あれ、おかしい。タックルがこない?

 ブルーガルムが視界にうつる。その瞬間、それは側面ではなく、正面に体を打ち出した。

 ハルがいる方向に。

 タックルは、フェイント。


「やばっ」


 私にわざと後退させ、ハルにトドメを刺す隙を作った。魔物にそんなことが可能だったなんて……想定外だ。咄嗟に走り出すが、トップスピードは到底叶わない。先を越された今、私に追いつく手段は無い。

 ブルーガルムは瞬く間にハルの元に辿り着き、その前足を振りかざす。

 でも、彼がいる。


「滅ぼせ! 強襲大魔剣ジャイアントアサルト!」


 イロハの頭上に巨大な魔剣が大量に形成され、ブルーガルムの背後に襲いかかった。

 大魔法陣に加えて、さらに言霊を重ねての宣言。その出力は凄まじく、大きさ、威力ともに桁外れだった。「今度は吹き飛ぶどころじゃ済まさない」。そのような意思がベッタリとくっついた攻撃だった。

 ブルーガルムが腕を振り下ろそうとしたその瞬間、魔剣の雨は目標の地点に到達し、しかしその先の地面に降り注いで、全てが砕け散った。


「嘘だろ……」


 ブルーガルムは命中の寸前に攻撃を中断し、サイドステップをした。明らかに不自然な動き。

 誘われた。相手はイロハにわざと魔術を撃たせ、次の攻撃を確実に通すという選択をしたのだ。

 知能が高すぎる。本能に任せて人を貪るケダモノだと思っていた。けど、やっぱりおかしい。なんだこいつ。


 振り返ってイロハを見た。腕には小魔法陣が浮かび上がっているが、その手は上がらない。足元の大魔法陣は消えていて、表情は弱々しくなり、肩は激しく上下していた。

 まさか、過剰変換症状。外理エネルギーを使いすぎると、体は自動的に肉体のエネルギーを消費し始める。その先は当然、死。

 開幕から消費の激しい大魔法陣を展開し続け、さらに今の大技。そこにさっきの火事現場で大きな瓦礫を持ち上げたことを考えれば、納得せざるを得なかった。彼は、さっきの攻撃で終わらせるつもりだったんだ。

 ブルーガルムが、再び腕を振り上げる。その視線の先には、地面に倒れて動かないハル。

 彼女を餌ではなく一つの脅威と認識し、確実に潰しておくつもりだ。 イロハはもう、危険だ。私がやるしかない。

 短剣を投げるか? いや、この距離だと威力が不十分だ。それに、おそらくイロハの身体強化は切れている。

 やはり、あれしかない。

 私は右腕をいっぱいに伸ばし、その手を開いた。


「ニル、お願い」

(……わかった)


 V時になった軍服の胸元から、光の粒子が溢れ出す。それは私の胸の中心で凝縮し、光の塊となっていく。

 自分の胸ぐらを掴むようにして、伸ばした右手をその光の中に、突っ込んだ。そしてその中にあるソレを、しっかりと掴み取り、引き抜いた。

 ずっしりとした重み。


「けん……じゅう……?」


 微かに、イロハの声が聞こえる。

 マグナムリボルバー、『リブ』。その長い銃身を、魔物の頭に伸ばす。

 これこそが、私にとっての、覚醒者や魔物に対抗する確固たる手段。私だけの武器。私だけの回答。

 覚悟を決めろ。ここでやらなければ、全部終わる。

 ブルーガルムが、その前足を振り下ろす。

 引き金を、引いた。

 銃全体が淡い光を放った直後、青白い発火炎とともに強烈な銃声が耳を刺す。

 シリンダーの特殊魔述機構によって強化された火薬と弾丸が、凄まじい力となって飛び出した。

 反動が腕全体を打ち鳴らし、両手が大きく跳ね上がる。

 弾丸は、ブルーガルムの頭部に風穴を開けた。ハルのレイピアやイロハの魔剣でさえ致命傷に至らなかったその体に、ぽっかりと一つの穴を開けた。

 そして、私の腕から全身に拡散していく……痛み。

 痛み。

 痛い。

 痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ!


「ぐッ……あ……ア゙」

「ユリア!」


 両手両肘を地に着いた。

 全身を千本の針で滅多刺しにされたような痛み。予想はしていたが、久々に経験するそれは、到底耐え難いものだった。

 そして更に、家事現場で無茶をしたダメージが乗り、視界が白くなり始めた。

 意識が、飛びそうだ。

 でも、なんとか倒せ……


「逃げろユリア!」


 逃げろ? 何を言っ

 その時、薄れゆく視界の中心に、憎たらしい顔面が映り込む。

 そんな、こめかみを撃ち抜かれてもまだ生きてるなんて。

 ブルーガルムの全身が光り輝く。

 デタラメな身体強化。相当怒っている。

 ブルーガルムが私を目掛けて跳んだ。口を大きくあけて、何がなんでも私を食らうつもりらしい。

 体が言うことを聞かない。無茶をしすぎたようだ。

 これが、判断ミスなのだろうか。自分の武器で死ぬなんて、やってられない。

 いや、私は最善を尽くした。可能性を諦めずに、精一杯やった。その結果がこの、圧倒的な詰み。それは簡単、単純な、実力不足。それを前にして、私の意識は……

 暗転の瞬間。ブルーガルムの身体が、地面に叩きつけられるのを見たような気がした。


* レン・シマザキ


「イロハ、無事?」


 魔物に爆裂かかと落としを食らわせた後、それを見下ろしながらそう言った。


「はい、俺は……俺は平気です……ッ」

「そうか」


 掠れた声だ。どうやら平気じゃないし、泣いているらしい。振り返るべきじゃないな。

 まあ、イロハの考えていることはわかる。ハルは戦闘不能みたいだし、俺のすぐ後ろでユリアも倒れてる。無力感って言えばいいのかな。

 こんな時にかけてやる言葉がすぐに浮かんだりはしないのだけど、俺はまあなんとなく応援しよう。そういう感覚が、一番はやく人を強くするんだから。

 とてもポジティブに考えれば、この状況は彼の成長にとって悪くはないスパイスなのかもしれない。いや、ないな。そんなのはポジティブとは言わない。逃げているだけだ。まったく……

 くだらない


「おいイヌ」


 立ち上がろうとしているそれに対して、自然に言う。

 俺の機嫌は最悪だった。このクソイヌに対してだけでなく、怒りは複雑に絡み合っていた。まだ結成して間もない俺の分隊に、こんな任務を任せなきゃいけない状況を作った無能な司令室。特務部隊の人手不足。そして、もっとはやく辿り着けなかった俺。この事態を想定できなかった俺。

 だけど、今はどうでもよかった。その複雑な怒り全てを、このクソに吐き捨てるだけでよかった。どうしようもなく邪魔な怒りを、ゴミ箱に捨てるみたいに放棄できる時間が欲しかった。なんて、ただの八つ当たりか。


「いい死に方は選ばせねえぞ」


 まず、目を燃やして視界を奪った。

 前足を振り回して暴れてきたので、両方とも切断した。ついでに背後に回って後ろ足も切っておいた。口が臭かったから、顎を氷で固めて砕いた。そこで気が済んで、雷を三つほど上から落として、首を切り、氷漬けにしておいた。

 やってみれば、特に気持ち良くもない。どこまでも不快なゴミだった。

 俺は剣を鞘に収め、ハルの近くにしゃがみ込んだ。命に別状はないだろう。だが、俺は彼女を傷つけた。肉体的にも、おそらく精神的にも。それどころか、また隊員を死なせる可能性すらあったんだ。

 唇を噛んだ時、ユリアが起き上がった。自力で目覚めるとは、つくづく並外れた奴だ。外傷も特に無い。って、じゃあなんでこいつはあんなにダメージを?


「隊長!」


 イロハが今にも倒れそうになりながら、こちらに歩いてきた。


「おいおい、無理をするな」


 俺はそう言ったが、イロハはお構い無しに続ける。


「ハルは平気ですか」

「ああ、大丈夫だ」

「よかった……」


 また、泣きそうになっている。

 俺は壊れた壁と、常衛部隊境固班の死体を見る。これでも准等士官だ。この惨状を見て、何か不穏なものを感じずにはいられない。

 魔物の凶暴化が、また著しくなっている。


「あの、シマザキ隊長。一ついいですか」


 イロハが改まって言う。


「なんだ?」

「隊長の覚醒能力はなぜ、かき消されなかったんですか」

「……なに?」

「俺の魔術とハルの異能が、一度あいつに無効化されました。まるで無効化の異能……みたいな感じで」


 魔物が異能を使っただって?

 そんなの、一度だって聞いたことがない。そんなことがあり得るのなら、この国の大半の防衛機能は意味を成さなくなるじゃないか。一体、何が起きてるんだ。


「イロハ。魔物が使った覚醒能力については、後で詳しく聞かせて欲しい。で、俺の力が消されなかった理由は、おそらくは単純に、練度だろうな」


 練度とはそのままの意味で、覚醒能力の熟達の度合いを示す。練度は覚醒能力のさまざまなステータスに影響を及ぼし、技の優先度も練度で決まる。例えば「重力の異能」を扱う二人の覚醒者がいたとして、二人同時に同じ物体に対して重力操作をおこなった場合、練度の高い覚醒者が捜査権を獲得できる。この時、もう一人の方は、操作が終わるまではその物体に対して一切の重力操作を行えない。

 おそらくそれと似たようなことが起きていると考えられる。例え覚醒能力を無効化する覚醒者が現れても、そいつの練度が俺より低ければ、俺の異能は消せないだろう。


「なるほど、そうですか」


 どこかそっけない返事ではあるが、きっと彼は理解したんだろう。その意味を。


「じゃあ、俺が、未熟なだけだったんですね」

「……そうだ」


 拳を握りしめるイロハに、俺は黙って背を向けた。

 そして、「帰るぞ」と言おうとした。その時、イロハがまた口を開く。


「ユリア? さっきの銃はどうしたんだ?」


 ユリアを見る。

 銃? 何を言ってるんだ、彼女の手には何もないじゃないか。

 彼女は自分の両手を、静かに見つめていた。

 そういえば、さっきから何も喋っていない。雰囲気も少し変わったような気がする。

 それに、ユリアなら多少体に鞭を打ってでも、真っ先にハルを心配するはずだ。

 何かがおかしい。様子が変だ。

 瞬間、体に緊張が走った。


「離れろイロハ」


 俺は剣を抜き、ユリアの見た目をしたものにその剣先を向けた。

 イロハが困惑した様子を見せる。俺は片腕を彼の体に押し付けて、さらに後退を促す。


「この量……明らかにおかしい」


 無覚醒者と覚醒者の違いは何か。それは、先天的に持っている外理エネルギーの量だ。

 外理エネルギーの保有量は使えば使うほど増えていくが、それ以外に増やす手段はない。つまり、一回目の覚醒能力を発動できる程度のエネルギー量を保持しているか。それが覚醒者と無覚醒者を分かつ基準となる。

 ユリアは無覚醒だ。故に持っている外理エネルギーはごく僅かで、俺ですら彼女から外理エネルギーを感じたことはない。

 だが、目の前の存在からは、膨大な量の外理エネルギーを感じる。

 それも、この俺が軽く慄くほどの量だ。俺が持つ総量なんて比べ物にならない。もしかしたら、襲来の日に見たあの人と同等……。


「お前、誰だ」


 それは、ゆっくりと俺たちの方を見た。まるで、たった今俺たちに気づいたかのように。

 その目には、一切の感情がこもっていないように見えた。


「私はニルだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る