4-2 唯一個体

 さて、状況を整理しよう。

 今私の目の前にいるのは、なかなか危険な魔物だ。壁は破壊されていて、常衛部隊から犠牲者が何人か出てしまっている。重要なのは、私たちが負ければ街に侵入されるということ。そして、分隊長がいないこと。あまりに緊急の任務すぎて、彼を待つ時間がなかっただけの話なのだけど、出来れば早く来て欲しい。全速力で。

 そもそもなんでこうなっているんだろう。これ、明らかに初任務にしては荷が重すぎないか。緊急だとしても、果たして私たちが任されていい任務なのだろうか。特務部隊って、実は深刻な人手不足に悩まされてたりするのかな。

 と、来る。

 ブルーガルムが駆け、あっという間に距離が詰まる。からの、左前足での薙ぎ払い。

 ものすごく素早い。体格差もあるし、トップスピードでは絶対に勝てないだろう。だけど、鬱陶しいようなすばしっこさは、私の方がずっと上だ。

 私はジャンプして、迫り来る腕に手をついて飛び越えた。硬い毛と、大きな筋肉の感触が残る。

 イロハの強化魔術は腕にしかかかっていない。全身は流石に無理とのことだった。足だけでも追加でかけてもらえたなら、すごいことになりそうだ。

 ブルーガルムは、どうやらイラついたようだ。自分でやっておいて思うが、今の避け方は確かに腹立つ。

 振り抜いた左腕を切り返して、同じように薙ぎ払ってきた。

 同じように避けた。

 次いで叩きつけ。

 ステップで避ける。

 今度は右での薙ぎ払い。

 さっきと同じように避ける。

 切り返しが一つ、二つ。

 たまにバック宙を加えたりして応用しつつ、全てを飛び越える。

 次は大きく振りかぶり、右でのスタンプが来た。イラつきが最高潮みたいだ。

 それを狙っていた。

 詰めて躱す。上方で顎がガラ空きだ。

 少し屈んでタメる。足に力を込め、体ごと真上に一気に打ち出す。


「……あれ?」


 上昇の瞬間。不自然な脱力感がした。視界が揺れる。片膝が、ついていた。

 やば、さっきのがまだ残ってたんだ。

 横から左前足が飛んでくる。避けきれない。破滅覚悟で受け流すしかない……とか想ってみちゃう。

 風切り音がした。

 口角が上がる。

 次いで肉を刺す音がして、その直後でブルーガルムがよろめく。まあ、信頼できる仲間がいなければ、こんな無茶はしないわけで。

 私は体制を立て直して距離をとった。相手は体をくねらせたりして暴れている。見ると、脇腹のあたりにレイピアが刺さっていた。それはただのしなる刺剣ではなく、硬い氷の刃と化していた。さらに、刺さった部分からブルーガルムの肉体を氷が侵食している。

 さすが、あれなら刃が抜けにくいし、温度低下で相手の運動能力が下がるかも。

 そう思った瞬間、ハルが視界に飛び込んできた。彼女は地面を蹴り、刺さった自分のレイピアめがけて跳ぶ。


「ッはあぁ!」


 そしてその柄の後端に、淡く光る掌底を打ち込んだ。刃が沈み、ブルーガルムが唸り声をあげる。


「グギガアアアアアア!」


 ハルの手に反応するようにレイピアも光を放ち、巨体の皮膚に侵食していた氷が、さらにもう一段階広がった。

 ハルは着地してすぐに距離を取る。ブルーガルムはその場でデタラメに暴れている。胴体の半分が、氷で覆われていた。

 相手の頭上に、大量の魔剣が出現した。イロハの魔術だ。それは普段よりも数が多く、そしてサイズも大きい。対魔物仕様というわけだ。

 後方を見ると、彼の足元に大型の魔法陣があった。三段回ある宣言方法で、最も出力の大きい宣言だ。

 彼が、上空の魔剣に向けて手を突き出す。

 魔剣はまどい暴れ狂う魔物をめがけて、一気に落下した。それはまるで、ある国の文化にある「介錯」の一刀のようだった。

 私とハルはその様子を、ただ静かに見つめていた。

 寸前でブルーガルムの体が光を放って、魔剣が掻き消えたその瞬間さえも、しっかりとこの目で見たのだった。


「「「なッ!」」」


 直後、ブルーガルムの体を覆っていた氷が弾けた。破片が飛散して、水滴になって消えた。

 イロハが異変を感じ、私たちに向けて両手を伸ばす。魔力の障壁が体を覆った。

 何が起こった? ハルの氷は、ちからずくで剥がせるようなものじゃなかった。それ以前に魔剣が消えたのはどうやって説明を……

 そしてまた、ブルーガルムの体が光り輝く。

 ……まさか、覚醒のうりょ

 目の前。前足による薙ぎ払い。

 体を全力で反らせた。鼻先スレスレを、毛むくじゃらの大きな腕が通過した。

 予備動作から攻撃までが、さっきよりずっと速い。私はなんとか反応できた。だが、ハルは私よりも近接向きじゃない。今は「接近せざるを得ない」というだけなのだ。

 ハルは、直撃をもらった。

 彼女はものすごい勢いで、壁の方にぶっ飛んだ。


「ハル!」


 イロハが叫ぶ。ハルは崩れた壁の近くに転がり、倒れて動かない。

 イロハの魔力障壁は作用していた。彼の足元には大魔法陣がある。言霊による宣言で発動したものよりも硬い壁のはずなのに、ブルーガルムの攻撃はそれを容易に砕き、さらにハルを、戦闘用インナーの上から行動不能にした。

 そういえば、不可解だった。このレベルの魔物が、短時間であの壁を破壊できるはずがない。そして今のは、どう考えたって身体強化の一種だった。

 間違いない。この唯一個体は、覚醒能力を扱える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る