9-4 ジェイド

* イロハ・メローニ



 景色が変わると、そこは街中の広場だった。

 次の瞬間、激しい金属音と火花。分隊長が振り向きざまに剣を振るい、その後ろに立っていた男が、逆手に抜いた直剣で受け止めたのだ。

 俺は咄嗟に剣を抜き、水平に振る。しかし、そこには何もいなかった。

 男は離れた場所で平然と立っていた。その手首には小魔法陣が展開されている。

 分隊長は両手を男に向けた。

 人気のない街の情景が微かに赤く染まった。

 轟音とともに特大範囲の火炎が放出され、男に迫る。

 だが男は少しも焦った様子を見せず、地面のタイルに手を触れた。

 大きな岩盤が突如出現して、火炎を遮った。その後ろ、男が触れていた地点で、広範囲に渡って地面が抉れていた。おそらくそこに埋まっていた岩だ。

 炎の勢いが死んだ頃、岩盤がゆっくりと倒れ、抉れた箇所にすっぽりとはまった。

 土煙が舞い、沈黙が訪れる。

 開けた空間の真ん中にある大きな街頭についた時計が、カチリと音を鳴らした。


「転送の魔術ってところか」


 分隊長が言うと、男は笑った。要するにそれは肯定だ。

 この場所はおそらく、さっきの場所からそう遠くはない。分隊長が炎を扱っていると言うことは、異能をコピーできる範囲内にハルがいると言うことだ。ということは、目的は分隊長の対策というわけじゃなくて、単なる分断。素で分隊長に勝てる自身があるということだ。

 男が時計をぼーっと眺めながら言った。


「やっぱ、応援は呼ばねえんだな。あいつの言う通り、だいぶ困ってるんだろ」


 そしてチラリと俺を見た。

 この男、デュークとか言うやつに比べて随分おちゃらけてるけど、さっきから一瞬たりとも隙がない。

 それに、特務部隊こっちの事情を見透かしたような物言い。只者じゃない。


「お前らは何者だ」分隊長が問う。

「俺はジェイドだ」

「お前の名前はどうでもいい」

「まあそう焦るな。俺たちのことを今知ったって、誰も得しねえだろ」

「だったらゆっくり吐かせるだけだ」


 分隊長が手を振り上げる。ジェイドの周囲に氷の壁が形成され、みるみる成長してドーム状になった。出口はない。

 だがすぐに金属音がして、壁の一部が細かく崩れ落ちた。


「イロハ。まずあいつを倒す。サポート頼む」

「……了解っ!」


 小魔法陣で即座に身体強化をかけた。

 穴からジェイドが飛び出した。分隊長は燃え盛る直剣を構えて迎え撃つ。

 炎でリーチを伸ばした斬撃を、斜めに振るった。空気が焼き切れた。しかしジェイドは最小限の動きでかわす。

 続け様に次々と振われる斬撃。その一つ一つに、炎が赤い軌道を残していく。

 ジェイドは反撃こそしないものの、どこか楽しそうにさえしながら、無駄なく躱す。避けながらジリジリと分隊長に接近していった。

 俺は宣言方法を大魔法陣に切り替えた。足元から光が放出し、巨大な円が出現する。

 分隊長の剣がさらに速さを増した。もうとっくに、俺には何が起こっているのかさえわからなくなっていた。

 ジェイドが、詰め寄るスピードを一気に加速させた。分隊長の攻撃を、宙を舞う葉のようにかわしながら、接近する。

 金属音が轟いた。

 見えなかった剣は突然に停止し、その姿を現した。ジェイドが分隊長の剣を受け止めたのだ。

 分隊長の剣から炎が消え、また光る。


 バチンッ


 閃光が飛び散った。それは分隊長が相手の剣に電撃を流したことを意味していたが、彼は驚愕した。

 ジェイドの手から、剣が消えていた。


「なにッ!?」


 彼は慌てて上を見た。頭上に出現した直剣が、自由落下を始めていた。

 ジェイドはその隙を見逃さず、踏み込んで、拳を放つ。

 分隊長は後ろに跳んで免れた。降ってきた剣の先が、ジェイドの腕に触れる。その瞬間、腕が切れる前に剣は消え去り、ジェイドが放った拳に握られた状態で出現した。

 流れるようなジェイドの袈裟斬りが、完全に分隊長を捉えた。

 振り抜かれる斬撃。だがそれは、俺の魔力障壁を砕いて、分隊長の腹に切り傷を負わせただけだった。


「おお、」

強襲魔剣アサルトブレードッ!」


 座標を間違えるようなヘマはしない。俺の頭上に光の玉が現れ、そこからジェイドの後隙に向けて大量の魔力剣が射出された。


「悪くねえな」


 だけど、また消えた。

 激しい音を立てて、次々と魔剣が地面に刺さる。

 ジェイドが現れたのは、時計がついた街頭の上だった。

 分隊長が俺の位置まで引いて来て、横腹の切れた箇所を少し抑えながら見上げる。


「助かった」


 分隊長はそう呟いた。

 平常なら喜びに狂っていただろうその一言も、今はまともに反応する余裕はなかった。


「サポートですから」


 これでわかった。ジェイドは自身の瞬間移動を無闇に使えない。多分、”昇華”によって得た技だからだ。

 覚醒能力のほとんどは本来、人体には効果がない。それが昇華によって可能となったならば、外理エネルギーを大きく消費するはずだ。


「なかなかやるな、魔術師」


 俺を見下して、ジェイドは言った。


「だがな、汎用メインなら最低でもこれくらいはできるようになれ」


 そう言うと、小魔法陣を纏った左手を静かに挙げた。

 時計がまた一つ、カチリと音を鳴らした。

 俺は目を疑った。

 分隊長は言葉を漏らす。


「汎用……なのか?」

 

 ジェイドの頭上。空中に、無数の光の玉が現れた。

 その数、おそらく十以上。

 ありえない。

 こんな数を、大魔法陣すら使わずに——

 ジェイドは腕を振り下ろしながら、ごく自然な声で言った。


強襲魔剣アサルトブレード

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