9-3 本当の呪い
「どうして……」
掠れかけた声が、一人でに喉から飛び出た。
いなくなった思考が一気に戻り、荒波の音を立てて醜く混ざり合った。
小麦粉の起爆。砂よりも発動には精度がいるはずなのに、さっきよりも格段に威力が上がっていた。さっきまでシマザキ隊長の弱体化を受けていたということだ。
煙の中で、彼女の影が膝をつく。
どうして。どうして避けない。どうして何も迷わない。どうしてそんなに美しい。
彼女の顔は火傷とダメージにまみれ、軍服は所々破れて、溶けかけたインナーが露出している。
吐き出す息の音。ユリアは弱々しい声で言った。
「どうしてって……私はただ、生きたいだけだよ……」
彼女の笑顔が、瞼の、瞳の、瞳孔の、そのずっと奥深くに焼きついた。
かつて呪いのように感じた言葉があった。『私は私として死んじゃうから』
善意じゃない。自分のための行動。エゴイズム的人助け。生きるための、捨て身。
死という未来が確定しない限り、ユリアにあそこから退く選択肢はない。
その瞬間私は、ユリアという生き物を、痛感した。
視界に映る現実が希薄になって歪み、記憶の中に収束していく。
——ハニエル。
声がして、
眠っていた記憶の世界が色づいて、広がっていく。
彼の正面には、幼い頃の私がいる。足元には弟のお気に入りだったぬいぐるみが落ちていて、ただし首から上は凍りつき、下は焼け焦げていた。
お父様は屈んで、幼い私と目線の高さを合わせた。私は自身の光る両手を呆然と眺めている。
——お前は、人々のためにその力を使いなさい。
暖かいと、そう思った。
ああそうか。この言葉のおかげで、私は道を踏み外さなかった。
涙が出そうになった。
授かったこの強力な異能は、人々のために使われて初めて意味を持つ。それは私がずっと信じていたことだった。
私は眺めていた手のひらを、握りしめた。そして立ち上がった。いつの間にか、幼い私は私自身になっていた。
——私は、なんのために戦う?
もう一度、自分に問う。
自身を嘲笑う笑みのような、息が漏れた。やっぱり私は、あの子のことが好きでたまらないらしい。
もう答えは決まっていた。
「ごめんなさいお父様」
目の前の父に向けて言う。
「私は、あなたの教えに背きます」
それを聞いた父は、一度困り顔になった。それから束の間、目を瞑った。そして父は、呆れたようなため息とともに、笑った。
* ユリア・シュバリアス
体のダメージは深刻だった。打たれ強さがもっと欲しい。
漂った煙が吹き飛んだ。デュークが正面に現れる。
彼のひねる体。蹴り。しなる足が私の胴体を薙ぐ。
軋む体に鞭を打ち、即座に伏した。
頭上ギリギリを足が通過した。動きが鈍い。全身が警鐘を鳴らしているのがわかる。
それを悟ったか、デュークは嘲笑うように、振った脚をそのまま踏み込んだ。
握られた拳が放たれる。体が追いつかない。
どうにもできない攻撃。それが私の腹にめり込んでいくのを、ただ眺めることしかできなかった。
「ぐ……ッ——」
くの字に飛んで、ハルの横で転がった。辛うじて受け身を取る。
ハルを見た。彼女は心ここにあらずという様子で、うなだれていた。
いや、多分本当に心が
デュークが苛立ちと嘲笑を微かに含んだ顔で言う。
「お前が無覚醒で助かった。爆破が容易いからな」
彼は私に向けて手を開く。
そうか、触れられたから、このままだと私も爆発するのか。
そう思い、自分の腹に手を触れた。
あれ、そもそもこういう覚醒能力って、人体には効かないんじゃなかったっけ。
「何ッ……!」
突然、デュークが驚愕した様子でハルの方を見た。
「なんだ、この量は」
量? ああ、そういうことか。
よかった。
間に合ったみたいだ。
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