9-2 またその質問ですか

* ハニエル・コンテスティ



 入隊当初のこと。噂のせいで過度に期待され。妬まれ。それらに惑わされないようにするつもりでも、私はどこかで周りを見下していた。

 ガネル分隊長。少しだけ暑苦しかったが、心から恩人と言える上官だった。

 戦い方を教わった。生き方を教わった。死に方を教わった。あの分隊の中では、私はただの新人だった。

 全員この男に殺された。

 同じように、民間人を使って。

 抑揚の無い平坦な声と態度で、平然と。雑草を抜く作業みたいに。

 私は今、恐怖に支配されている。そう理解できるくらいの思考力は残っていた。

 だけど、体がそれについていかない。たかを括っていた。今の私なら平気だと、願望に近い思い込みをしていた。

 終わらせると、約束したのに。

 立ち上がろうとした。足が震える。

 レイピアを抜こうとした。腕に力が入らない。仮に握ることができたとして、満足に振ることはできないと感覚が告げている。

 異能は全く反応しない。一切何も起こらない。自分の体と脳の繋がりが遮断されたみたいだった。思考力も奪われるほどに取り乱していれば、まだ救いだったかもしれない。絶望感だけで死んでしまいそうだった。


「チッ……二人も連れてくとは。見くびってくれる」


 男は声の調子を変えず、何もない空間に向けて悪態をついた。私のことは眼中にない。

 歯を食いしばって、立ち上がった。


「震えているぞ」


 淡々と嘲笑うその声。デュークを睨んだ。

 それで、どうする?

 相手が一歩踏み出した。

 今の私に、何かする事はあるのだろうか。

 人影が、地面を擦る音と共に飛び入った。

 ユリアだった。

 彼女は両手に短剣を握り、私を庇うように片腕を伸ばしていた。

 デュークはため息をついた。


「無能が二人か。シマザキのいないお前たちに何ができる。そもそもお前たちは何かを考えているのか」


 語尾に少しの怒りが籠った。


「一体何をするために命令に従い、何のために戦っている。聞かせてくれ特務部隊。俺たちを潰そうする理由があるのなら」


 私はその怒りに面食らった。

 こいつは最低な男だ。人の命をなんとも思っていない。己のために利用するのも厭わないような奴だ。共感も、同情も、ありえない。

 だが、デュークがそう言ったとき。


 ——私は何のために戦う?


 私は私自身に、その問いを再度投げかけていた。

 人々の為に。そう思って碧選軍に入ったのは事実だ。けれど、そう答えてしまっていいのだろうか。この男の前でそう回答することは間違っているのではないか。


「またその質問ですか」


 ユリアが言った。


「人を助けるために決まってるじゃないですか」


 迷う素振りを一切見せず、彼女はそう言った。彼女もまた淡々とした声だった。

 そうだ。やっぱりそうだ。

 私は安堵した。その安堵が、愚直にも思えた。


「そうか。つまらない回答に感謝する」

「ああ、それとですね、」


 ふと気づく。デュークの声は確かに平坦だが、その裏に確かな嘲笑や怒りが隠れていた。でもユリアにはそれがない。


「私とハルを見下してるみたいですけど、あなたの方が無能でしたってことが無いようにしてくださいね」


 デュークの表情に殺意が飽和した。その手が即座にコートの内ポケットに伸びる。

 しかし、ユリアはもう目の前にいた。手がポケットに到達するよりも早く、彼女の短剣がそれを狩る。

 男は手を逃して体を逸らし、もう片方の短剣がさらに仕掛け、続くのは二本の短剣による怒涛の攻撃……目で追えない。

 全て避けるデューク。だが明らかに防戦一方だ。カウンターすら潰すほどの技量と攻撃速度。

 人間すらも爆弾にできる相手。つまり触れられたら終わり。なのに。

 驚愕した。果たしてユリアはこれほど強かっただろうか。爆弾にされた人質が爆発した時。撒かれた砂に反応して退いた時もそうだ。私の思い浮かべるユリアは、あのような動きができただろうか。

 捉えきれない太刀筋。風切り音。加われば足手まといになると直感した。

 デュークの体に数本、赤い線が走る。決着は時間の問題だ。

 ユリアは攻撃し続けながらも、デュークと私を結ぶ直線上に立ち続けていた。守られているのだ。

 無力感が全身を駆け巡る。今目の前で人間離れした動きをしている彼女と、何もできない私。変わっていない。むしろ酷くなっている。

 彼女との差はなんだ。私には何が足りない。一体何が欠けていれば、この絶望的な差を説明できるのだろう。

 ユリアは攻めを絶やさない。デュークは押されて少しずつ後退している。あれだけ動き続けているのに、彼女の斬撃は質を一切落とさない。

 光が見えた。ユリアの足元からだった。

 浪洩の光。起爆の異能。あらかじめ設置していた地雷だ。

 ユリアはそれにすら反応し、すぐさま距離をとる。デュークの口角がほんの僅かに上がるのを見た。

 後退、させられたのだ。

 デュークはすかさず胸ポケットに手を突っ込み、握った物を全力で投げた。

 それは大量の、ごく小さな袋。まずいと直感が悟る。

 ユリアは尚も私の前に立っていた。いくつもの袋が放射状に飛び、ユリアに迫る。

 私には避けられない。でも私を庇わなければ、彼女なら間に合う。

 お願い。お願いだから……


「避けて!」


 ユリアは両手を大きく広げ、袋をその身で受け止めた。

 彼女の体に衝突したそれらは空中でほどけ、中から白い粉を撒き散らした。

 小麦粉だ。砂よりも広範囲に拡散し、ユリアの周囲に漂った。

 ユリアが下げた頭を腕で覆うのと同時に、空中の白い粉が光を放つ。

 そして、一塊の爆炎がユリアを包んだ。

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