9-1 異変の始まり
体が軽い。イロハの身体強化だろう。
さらに一歩踏み込んだ。
「——いつの間に!」
無防備な横腹に短剣を振るう。
避けられた。でも遅い。
次ので仕留められる。
相手の動き。何かを放った。
砂だ。
充分に避けられ——いや違う!
大きく退いた。空中に巻かれた砂が光る。
爆発が視界を覆った。
後方に爆風が駆け抜けていき、体が熱を帯びた。
リミットは一概に数というわけでもないらしい。それにしたって脅威的な練度だ。
熱さの感触が、下方向から冷気で塗り替えられた。
デュークの足元が凍結した。分隊長だ。人質を巻き込まないギリギリの範囲。靴ごと固まっている。
すかさず距離を詰めた。
体の正面を魔力障壁が覆った。これでさっきの手は通じない。
離れた距離にいる分隊長は、燃える剣で突きの構えをとる。
デュークは片足の拘束を外すが、遅い。
私は姿勢を低くして下から斬り、分隊長の突きの先端からは、高圧縮された炎が放たれる。
回避不可。防御も。デュークは舌打ちをした。
人。目の前。
人質。デュークじゃない。突然そこに、現れた。
反射的に腕を引っ込めた。分隊長の炎も勢いを失って霧散した。
突然現れた若い女性は、拘束された状態で立ち尽くしている。
全ての時間が停止したように感じた。
デュークはもう片方の足を氷から外すと、女性の背中を靴裏で押した。彼女の華奢な体が、私に近づいて、触れた。
なんで急に現れた。起爆の異能。人を掴んで投げる。不可能なはず。どうやって。誰が。
わけもわからずに抱き抱える。弱っているのが体でわかる。
そして、
——彼女の全身が光を放った。
「離れろユリア!」
分隊長の叫び。反射的にその体を突き放した。
できる限りの力で後方に跳ぶ。魔力障壁が再度生成されて重なった。
放たれる光が勢いを増し、眩く、強烈に、包み込んで、
解き放たれた。
己の体が地を離れ、空中を走った。
屋敷の壁の内側に激突して崩し、尚も止まらない勢いを受け身で殺す。靴が地面を擦る振動。体に痛みが走った。熱い。全身に軽い火傷。障壁がなければただじゃ済まなかった。
顔と胴体と右の脛に濡れた感触がある。首の下には何か物体が付着しているようで、気付いたら拭っていた。案の定、肉片だった。
前方を見ると、ハルとイロハの前に分隊長が立っていて、彼の足元に砕けた氷が散らばっていた。
それは、分隊長でもなんとか防げるくらいの爆発だったことを意味していた。
彼の両手が、ほんの僅かに光っている。
イロハは小魔法陣を展開したまま腰を抜かしていて、ハルは座したまま地面に両手をついていた。
デュークと他の人質は無傷。練度を考えれば当然だ。でもさっきの彼女はどこにもいない。ただ地面に信じられない量の血肉が飛び散っているだけだった。
デュークは慌てた様子で地面の石を拾い、分隊長の方に投げた。多分、分隊長の手が光っていることに気がついたんだろう。
「時間切れだ」
そう言った分隊長の表情は冷静だった。むしろ冷たすぎる、ゴミを見るような目だった。
彼は集中する隙さえあれば、人質と私たちを避けて範囲攻撃を繰り出すことができる。
分隊長は石ころを気にすることすらなく、静かに両手を広げて突き出した。
「焼け死ね」
分隊長の両手の光が強まり、微かな熱気があたりを赤く包み込む。
その瞬間。また、いきなり現れた。
「まあ待てよ」
男。分隊長より少し年上くらい。革の生地の、あまり見ない格好。なんだこいつ。人質じゃない。
その手は、分隊長の背中とイロハの方に触れていた。
虚を突かれた彼らは、一瞬固まった。その隙に男は、私を一瞥し、口元を緩ませて言った。
「借りてくぞ」
直後。分隊長とイロハを含めた三人が、その場から一瞬にして姿を消した。
ハルが驚愕の表情を浮かべ、震えながら後ずさる。分隊長が立っていた場所で、石ころが爆発した。
顔の傷という大きな特徴がありながらこの街に入れた理由。報告になかった人質の存在。突然目の前に現れた生きた盾。なぜ気がつかなかったんだろう。
もう一人いたんだ。
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