8-4 外道

 馬車はエリン国道の北にある住宅街付近で停止した。

 住民は避難を終えているようだけど、想像していたのとは様子がずいぶん違う。もっと修羅場じみているかと思った。

 馬車を降りると、二人の若い常衛兵が重い顔つきで待機していた。彼らはシマザキ隊長に向けて敬礼し、一人が前に出て喋る。


「お待ちしておりました。目標は現在、この奥の屋敷に引きこもったまま停滞中です。ここ以外の道はありません」

「分かった。君たちはもう下がっていいよ。ここからは引き継ぐから」

「了解」


 二人は再度敬礼し、私たちの横を通り過ぎて行った。喋ってなかった方の男が、あからさまに不愉快そうな顔をしていた。肩章は三等官のもの。私たちより二つ上なのに。いや、だからこそかな。

 後ろから小さく声が聞こえた。


「同じ化け物のくせに偉そうに……」


 その言葉を聞いて、思わず分隊長の顔を確認した。彼はまっすぐ前を見ていた。聞こえてないことを願おう。


「嫌な空気だ」


 分隊長が言った。多分この場の空気のことだ。

 彼だけでなく、全員が冷たい落ち着きを持っていた。一度フォルマン分隊と合同で任務をしたせいか、他の分隊がいたら雰囲気もだいぶ違ったかもなあと、願望のような思いを抱いてしまう。シマザキ隊長は、”この分隊がこの任務を受けなきゃいけない”みたいなことを言っていたけど、実際のところはやっぱり人手不足が大きいんじゃないかな。言い訳にしているとまでは言わないけど。

 ひどく静かな雰囲気を睨みながら、ハルが言う。


「本当にただ立てこもっているだけなのでしょうか」

「わからない」


 確かに妙だ。目標の男は碧選軍の調査が辿り着く前に、自分からやってきた。と分隊長は言っていた。なのに、立てこもる。まるで私たちを待ち構えているみたいだ。


「ニル、場所わかる?」


 私が呟くと、三人ともこちらを見た。みんな目が怖い。


(確かにその奥で止まっている。かなりのエネルギー量だ)

「どうやらまだ立てこもってるみたいです」

「それは、彼女の力か?」こわい。

「そうです」


 分隊長は視線を景色に戻し、しばらく黙る。


「行こう」


 歩き出したシマザキ分隊長の顔は見えない。イロハは緊張や不安を孕ませながらも、固めた決意を表情に浮かべ、ハルは激しく静かに燃え続ける炎をその目に宿していた。


 さっきの彼は”屋敷”と言ったけど、もはや別のものと言っていいと思う。屋根や壁のほとんどが吹き飛び、中の様子が筒抜けになっているから。

 捕縛対象の男は床に座り込んでいて、片手で石ころを投げ上げてはキャッチしてを繰り返しながら、床を眺めていた。そしてその周囲に広がる光景を見た瞬間に、みんな言葉を失った。

 これはちょっと、聞いてない。

 男は顔をあげ、私たちを見つめた。

 ブラウンのコート。暗く赤みがかった髪。武器は持ってない。顔の半分を覆う傷は、晒されている。何かものすごい力で抉られたような痕だ。残った左目に気力はなく、死んだように空っぽだった。(それでも右目よりは確実に生きてるのだけど)


「遅かったな。やはり特務部隊は出来が悪いのか」


 その言葉に反応する人はいない。


「外道が」


 低く、重く、高圧的な、分隊長の声だった。


「初対面で外道呼ばわりとはな。お前もこういうのには怒るタチだったとは意外だ」


 男は自身の周りを軽く見回した。彼を取り囲むようにして、地に這いつくばっている……

いや、転がっている人たち。手足を縛られ、猿轡さるぐつわを施され、さらに身体中に殴られた痕があった。十人くらい。全員どう見ても一般人。おかしいな。さっきの二人は気がつかなかったのだろうか。

 それから男は、投げ上げていた石ころを彼らに向けてそっと転がした。中年の女性の前で、石は停止した。女性やその周囲の人たちはぐったりしていて、そのことにすら気がついていない様子だった。


「俺の異能は……まあ知ってるか」


 それは一年前のハルの証言で判明していた。

 起爆の異能。手で直接触れたものを任意のタイミングで爆発させることができる異能。つまり、人質を取られている。

 そして多分、シマザキ隊長の対策も含んでいる。あれじゃあ範囲攻撃は使えない。

 左目が隊長を睨んだ。


「それにしても本当にお前が来るとは。確か……レン・シマザキだったな。リストで見た顔だ。それと、」


 男はギョロリと視線を移す。ハルの方に。

 私はハルの顔を見た。瞼は大きく見開かれ、半開きになった唇が小刻みに震えている。これは、まずいかも。


「顔は覚えてないが、その髪、いつかの木偶でくだな」

「——ッ!」


 彼女の手のひらが男に向けられた。


「ハル!」


 イロハが咄嗟にその手を押さえる。けど、不要だった。

 男は息を漏らすように笑う。


「大丈夫か。発動すらしていないぞ」


 ハルの手は光らなかった。つまり不発だった。

 彼女は、その場で膝をついた。


「おい。デュークとか言ったな」


 今度はシマザキ隊長が手のひらを向ける。


「まてまて、まさか脅しだと思ってるんじゃないだろうな。それとも想起速度の速さ勝負でもしてみる気か?」

「勝負? ならねえよ」

「ッ!」


 その手のひらが光る。現れた二本の氷柱。デュークの足元と、石ころの真下。石ころは氷に覆われて、デュークは側方に飛びのく。切羽詰まった表情。私は着地地点で待ち構える。

 同時に起爆準備できる物体の数は限られているはず。だからここは、攻める。

 間隔は既にこちらの間合いだ。

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