1-6 三色操作
五人目が、最後の対戦相手になる。精神の方に少し疲れを感じていたから、気張っていこうと自分を鼓舞していた私だけど、いざ演習場に入ってその対戦相手を見たとき、仰天した。
「あれ、あ! さっきの」
真剣な顔もちでストレッチをしながら待っていたピンク髪の彼女も、驚いて私を見た。
「あなたが最後だったのね」
「へへ、よろしくね。私、ユリア・シュバリアス」
さっきは名前を聞きそびれたので、早いうちにと思って名乗った。彼女は真剣な表情に少しの笑みを含ませて、しっかりと私に向き合った。
「ハニエル・コンテスティ。ハルでいいわ」
思っていたよりも早く知ることができたその名前を、噛み締める。握手をしたいところだけど、今はそんな空気じゃない。彼女の目は確実に対戦相手を見据えるそれだった。多分私も同じような目付きだと思う。
「手加減はしないわよ」彼女は穏やかかつ無邪気に言う。
「まさか。むしろしないでよね」
歓喜が満ちる。彼女と戦えるのもそうだけど、何より嬉しいのは、私を絶対に侮らないだろうという安心感が彼女にはあったからだった。
『準備はできたようだな。これが最後の対面だ。体はもちろん、外理エネルギーの消耗が著しくなってきたはずだ。過剰変換症状にだけは十分注意しろ』
五枚目のアーマーが現れ、ハルがレイピアを鞘から抜く。
刺剣使いを実際に相手にするのは初めてだけど、特徴としてはっきりしている事はある。
レイピアは密着すると弱い。
近距離の対応より、遠距離攻撃と絡めて使う方が有効。
つまり近距離は捨てている。
そうなればこちらから一気に詰めて近距離に持ち込んでもいいのだけど、その前に相手の覚醒能力を把握できるのならその方がいいと思って、遠距離攻撃を待つことにした。
『では、始めてくれ』
けど、開幕から私の予想は裏切られた。ハルは遠距離攻撃をするでも、様子を見るでもなく、自分から距離を詰めてきた。
レイピアの細い剣先が、私の胴をめがけて伸びる。
のってみるか。
できるだけ無駄なくかわし、そして、伸ばされた腕を伝うようにして踏み込む。
短剣に素早く手をかけ、抜くと同時に振る。
だが、攻撃の直前。空いていたハルの片手が開かれ、微かに光った。
やっぱり。
全力で横に飛んだ。
ボンッと低いを立て、彼女の手元で爆発が起こった。受け身をとる。
小規模だけど、アーマーを破るには十分な威力。魔法陣も言霊もなかったから異能使い。つまり汎用は無い。
爆発の異能。いや、炎の異能かな。
ハルが私を追うように一歩踏み出し、握った刺剣を体に引き寄せる。
なるほど、嫌だなあ。レイピアと異能の二段構えか。
片手で十分に扱えて、かつリーチがあるというレイピアの特徴をうまく活かしている。下手な遠距離攻撃より嫌だ。
なら誘ってみるか。
放たれる突き。
踏み込まずに、少し後退しながら首を傾げて避ける。
剣先ギリギリの距離を保って二撃目を誘う。
来た。でもまだだ。
距離を保ちながら避ける。
三撃、四撃。避けて、避ける。
やはり踏み込まない限りは、異能による攻撃はこない。避けられて後隙を狩られることをわかっているからだろう。
首、頭、肩、胴。全て最小限の動きでかわす。
これは我慢比べだ。しかしこの行為は、相手には段々と違う意味に聞こえてくるはずだ。
あててみろ。
怒涛の連続突き。スピードが上がっていく。
ジリジリと下がりながら、避ける避ける避ける。
ハルはいい刺剣使いだ。攻撃に無駄な力がない。
でもこれだけ連続で攻撃すれば、疲労と、何より苛立ちが募っていく。そうすると、現れるようになる。ガッチリと力んだ一撃が。
出せる集中力のほとんどを、ハルの体の観察に振っていく。瞬間。私の視界でハルの動きが、私の動きが、呼吸が、出かかった突きが、時間が、停止した。
レイピアを握っている彼女の腕。上腕の筋肉がほんの僅かに硬くなり、袖から覗いた手首は固まって筋が見え、手は握り込まれて爪が黄色くなった。
ああ、これだ。
時間の速さが元に戻ると同時に踏み込む。
出掛かりの突きの根本を、短剣で弾いた。
力んだ突きは力の逃げ場を失い、反対の手の方向に大きく逸れ、ハルの体が大きく捻れる。二段目の攻撃が角度限界となった。
だが弾いた瞬間、私の手に痛みが走った。腕が跳ね上がり、短剣が手からこぼれ落ちる。
これは、電撃? 炎の異能じゃなかったのか。
レイピアが微かに光っている。腕と爆発に集中しすぎて気がつかなかった。
アーマーが肩代わりをしない程度の痛み。けど、私の後隙が大幅に増した。それは、ハルが体制を正して爆発を起こすには十分な時間だった。
体を逸らしつつ後ろに飛び退いた。前方で爆発が起こり、手をついて受け身をとる。
すかさず地面を蹴って、飛び込んだ。
出迎えてくる突き。
どういう異能かはわからないけど、レイピアに触れなければいい。かわしながら、身をかがめて踏み込む。
「無駄!」
待っていたとばかりに爆発が起こるが、待っていたのは私も同じ。
飛び越えた。ハルの肩に手をつき、空中で転回して彼女ごと飛び越えた。ハルの視界から、私の姿は消える。
「なっ!」
ハルは体を揺らされつつも、向き直りながら咄嗟に退いた。
いい判断。だから読んでた。
投擲した二本目の短剣が、彼女の振り向きに重なった。
それでもハルはギリギリで反応し、短剣を弾く。
そして前を見る。
もう、そこに私はいない。
終わらせる。ハルの背後で地面を踏み抜いた。
その時、足が空中に放り出される感覚がした。
地面が唐突に近づいてきて、私の体と激突する。
「うべっ!」
転倒の感覚と、肌が感じる冷たい感触。
私の足元の範囲に氷が張られていた。炎と雷に加えて、氷。
来る。
前を見た時、迫り来るレイピアの剣先がそこにはあった。
三つ目の操作属性。足元には氷。短剣はもう無い。全身を巡る熱いものを感じる。
この状況から、勝つ方法は。
首を曲げつつ、懐に飛び込んだ。頬にレイピアが掠るが、光ってないから電撃はない。
ハルの手が光る。二段目を防ぐ方法はない。
でも遅い。やっぱり、操作する属性はすぐに切り替えられない!
右拳を打ち込んだ。
「そこまで」
衝撃が腕を伝う。それは硬いものを殴りつけたかのような痛みだった。
突然に私とハルの間に飛び込んできた上官の手は、氷を纏い、私の拳を受け止めていた。この人も氷を使うのか。
「勝負はついた。二人とも夢中になりすぎだ」
私は自分の腕を見た。アーマーが無くなっていた。転んだ衝撃でダメージが貯まって、掠った時に割れたらしい。
私は一歩下がって頭を下げた。
「も、申し訳ありません」
じゃあ、この人はレイピアが掠ってからパンチを撃つまでの一瞬の間に氷を手に纏って、入り口の位置から私の攻撃を止めたってことか。氷を生身が傷つかないように纏うのは、かなり難しいはずだ。それを一瞬でできるなんて普通じゃない。速さもそうだけど、この人どれだけ練度高いんだろう。
「ごめんね、ハル」
私がそう言うと、ハルはゆっくりとレイピアを鞘に納めた。模擬戦が終わった事が未だに信じられないような、どこか呆けた顔だった。
「大丈夫、私も気づかなかったし」
「怪我とか起きなくてよかったよ」
上官がやれやれといった風に腕を上げる。纏われた氷はみるみるうちに蒸発していった。
「さ、これで無事にすべての対戦が終了したわけだ。配属される分隊が決定するまで、分隊棟の212号室で待っててくれる? そこ空き部屋だから」
「「了解しました」」
上官は腰に両手を当てて、一つ頷いた。
そっか、私負けたのか。残念、できれば勝ちたかったな。
でも、いくつか成長の糧になったものがあったし、今回の模擬戦には満足した。
成長できるのは嬉しい。人を助けるには、強さが要るから。
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