1-5 集中と観察

 無覚醒の私にはわからないけど、覚醒者も覚醒者で強くになるにはかなり苦労しているのだと思う。体を鍛えるのと並行して覚醒能力も鍛えないといけないから。

 覚醒能力は使い込んで練度を上げていかないと使い物にならない。それなのに中途半端に強力な覚醒能力を持ってしまったがために、万能感に浸って、鍛えることを怠った人をよく見る。そういう人は、覚醒能力も剣術も体術も微妙でパッとしない。つまり弱い。

 イロハに骨があったのは、自身の弱点を理解して、それを補えるように戦術を特化させていたからだ。でもやっぱり、「両方を鍛える」のが正解で、近接戦闘は避けては通れないと思う。いずれは彼も習得する(もしくはさせられる)ことだろう。

 近接における他人の強さは、慣れれば立っているのを見ただけで大体わかる。今目の前にいる対戦相手の彼女は、割とやれる方だ。しかし珍しいことに、彼女はそれでいて剣を持っていない。それを、彼女の戦い方が確立している証拠だと捉えると、少し厄介かもしれない。


「なんであんたなんかが相手なの?」


 私が名乗って挨拶をすると、彼女はイラつきを隠そうともせずにそう言った。綺麗な金髪を襟足のあたりで二つに結んだヘアスタイルと、鋭い目が特徴的な女性……いや、やっぱり女の子の方がしっくり来るな。


「運命じゃないですか?」

「面白くないから」


 和ませのつもりの一言が綺麗に一蹴される。

 この人、さっき会ったときも武器を持ってなかったってことだよね。気づかないもんだなあ。

 正面から「チッ」とあからさまな舌打ちが聞こえてから、彼女は言った。


「サフィ」


 私は驚いてしまって、すぐには反応できなかった。すごく嫌そうだけど、名乗られたら名乗るだけの常識人ではあるらしい。

 サフィさんは私の反応を待つことなく、重いため息を一つ吐く。


「はー……勝負になるって思われてることが屈辱なんだけど」


 最初の二人もそうだけど、本人の前でここまで言える精神がすごい。

 彼女が深呼吸をした。模擬戦のスイッチを入れているのだろう。

 すると、右手の四本指と親指でおもむろに覗き穴を作り、遠眼鏡を覗くみたいにして穴越しに私を眺め始めた。何してるんだろう。


「本物の覚醒能力を知らないみたいだから、現実を教えてあげる」


 彼女の手の中から覗く目を見た時、ゾクリと何かが体を撫でた。

 ああ、多分この人は、さまざまな意味で別格だ。

 少しの期待が胸の内に芽吹く。さっき会った時は、この人にワクワクするなんて考えもしなかった。


『準備は整ったようだな』


 例の声が演習場に響く。同時に、アーマーが形成された。彼女の雰囲気が、より研ぎ澄まされたものに切り替わる。

 気分が程よい高揚に包まれた。


『では、』


 特務部隊が武器を持たない理由をざっと考えていたけど、最もあり得そうなパターンはやっぱり一つしか思いつかない。それは、武器に通せない且つ、長いリーチの恩恵を得られないような覚醒能力を持っているからで、つまり……


『始めてくれ』


 パッとしない宣言が言い渡された瞬間に、彼女が一気に距離を詰めてきた。目の前に迫る、模擬戦とは思えない殺意の目。放たれた拳。そう、つまり、超近接型の覚醒能力。

 でも思ったより遅い。このまま何もなければどうということは……

 余裕を持ち、首を傾げてかわそうとした時、迫る拳を、小魔法陣が飾った。

 瞬間、加速した。


 あぶなっ


 寸前でタイミングを早める。

 顔すれすれを拳が通過した。こういうことがあるから気が抜けない。

 小魔法陣つまり魔術師。さっきのは身体強化の汎用魔術? いや身体能力が上がった感じじゃなかったし固有魔術。加速の魔術か。違う、だったら最初から加速すればいい。


 二撃目が来る。

 反対の拳。今度は最初から速い。よく見て躱す。あれ? さっきより遅い? 確実に発動してるのに。いや、速さと言うより、威力そのものが変化してる。

 三撃目は高めの蹴り。いい体捌きだ。

 二撃目より速いけど、やっぱり初撃よりは遅い。

 だめだ、威力が変わることに気を取られて頭の回転が悪い。

 大きく距離をとって、蹴りを回避。それからさらに後方に跳ねて、思考をフル回転させる。

 欠片を集めていく作業。最も速い初撃。最も遅い二撃。彼女の目の色、配り方。仕草。

 そして、手の中からこちらを覗く瞳。

 ああ、集中か。

 導き出した答えが、胸の底にスッと染み込んだ。

 対象に集中すればするほど、攻撃の威力が上がる。最初のよくわからない仕草は、集中力を高めるために取る彼女独自の動作。そうして初撃の威力が上がったけど、私が普通に避けたから、驚いて、集中力が散漫になって、威力が下がった。

 思ったより単純だなあ。反撃しよ。


 あれ?


 大きく開かれた距離。相手は追いかけてくると思っていた。相手はそれしか勝ち筋がないからそうするしかないだろうと思っていた。

 彼女、サフィは、私が後退するのを反復するように、後ろに跳んだ。

 そこで、私は自分がミスをしたこと自覚した。集中の魔術は、武器を持たない理由にはならない。

 彼女は跳びながら小魔法陣を右手首に展開した。

 何か来る。

 開かれたその手がこちらを向く。手の先の空中に、もう一つの魔法陣が浮かび上がった。彼女は腕をグイと伸ばし、その手を魔法陣に突っ込むと、飛んだ勢いを利用して一気に引き抜いた。

 スラリと伸びる細長い銃身に、木製のストック。見たことがある。TS -11、スナイパーライフルだ。

 格納の汎用魔術で隠してたのか。使える者も使おうとする者も少ない、マイナーな魔術だったはず。初めて見る。

 彼女はそのクロガネの銃口をこちらに向ける。大きく開いた間合い。スナイパーの距離ではないが、近距離無覚醒女相手ならば十分に一方的有利を取れる距離。暗い穴の奥から、殺意が煙となって湧き出しているように感じた。

 なるほど長物を使うなら、剣は邪魔だ。最初から超近距離タイプなんかじゃなかった。私が嫌がって後退する瞬間。つまりこちらから瞬時に距離を詰められなくなる瞬間を狙っていたんだ。

 相手の、息を吐く音が聞こえた。近距離用スコープの向こう側で、見開かれた巨大な瞳に見つめられた気がした。



* サフィ・フォーニエ



 スコープを覗いて相手を見据えれば、世界は私と相手に通る一本道だけになって、自動的に集中の最高潮がやってくる。

 あたしがTS -11のボルトを操作して薬室に弾を送り、構えて等倍スコープを覗くまで、相手は立ち尽くしていた。

 そう。見えてるでしょ? あんたら無覚醒は、その決定的な壁を超えられない。だからあたしたちを恐れることしかできない。救っても、寄り添っても、その壁を見た瞬間に逃げ去っていく。

 その中にたまにいる、あんたみたいな奴が一番ムカつく。壁に気付かないふりをして、自分だけは違うとでも言いたげな顔でこっちに近づいてくるような奴が。だから親切に教えてあげる。

 ほら、見なよ。圧倒的な高さ。厚さをさ。

 息を吐き出し、確かめるようにして、それでいて素早く、引き金に指をかける。右腕に小魔法陣を展開し、


 集中の魔術


 無駄な思考がボロボロとこぼれ落ちていって、世界が音を出さなくなった。

 その瞬間、相手が突然、走り出す。

 こちらに向かって真っ直ぐ、一直線に。

 無駄なことを。私が動じて外すのを期待したのだろうか。

 そんなこと、あるはずないのに。

 淡々と、作物を収穫するように、引き金を引いた。

 浪洩の光、銃声、硝煙、そして、


「は?」


 世界に音が一気に帰還して、自分の喉が発した声がはっきりと聞こえた。

 弾丸はあいつのみぞおちのあたりに向かって真っ直ぐ飛んでいった。なのに。

 なのに、当たらなかった。避けられた。かわされた。まるで人にぶつからないように走るみたいにして。

 なぜ。そんな、無覚醒でそんなことが。外した? いやありえない。射撃は完璧だった。最高の集中で何倍にも強化された弾丸なのに。いや、強化さてなくったって、避けられるはずない。じゃあなんで。本当は無覚醒じゃない? 無覚醒っていうのははったりで、何かの覚醒能力を使って弾丸を防いだ? でも何も見えなかった。それとも本当に、あたしの弾丸を避けたの?

 ハッとして、我に返る。

 相手が来る。迎撃を。

 排莢しようとしてボルトに手を伸ばす。

 その時、私の思考力は一瞬にして凝固した。

 あいつが、ユリア・シュバリアスが、私のすぐ目の前にいた。



* ユリア・シュバリアス



 手に持った短剣を水平に振るうと、爽快な音をたててアーマーが砕けた。

 サフィさんは、呆然とした表情で私を見ていた。いや、目線は私に向けているけど、見ているのは私ではない。やがて彼女はその場で膝をつき、中身が抜けたかのようにへたり込んだ。

 結局、この人も侮っていた。無覚醒には負けないっていう決めつけに近い自信。その裏返しがこの放心なんだろう。覚醒者相手なら、避けられたところで迅速に対応していただろうに。


「どう、やって……」


 彼女は口をパクパクさせながら呟いた。

 首を捻って考えてみる。なんのことを言っているんだろう。


「ああ、銃弾の避け方ですか?」


 相手の顔を伺って確認するけど、反応がないので、あっていると仮定して続ける。


「コツは、相手をよく観察することですかね」


 彼女の表情に変化はない。これじゃあ合っていたかどうかすらわからない。

 重いため息が出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る