1-4 違い
電撃迸る剣を避け、拳でアーマーを砕いた。二人目の対戦相手は、さっきの彼と比べたら正統派の戦士といった感じだった。アーマーを破られた後も、片膝はついているけど、まだ私を睨んでいる。
「何をした……」
「え、と……避けて殴っただけっていうか」
「そんなわけない!」
「ええ……」
そんなすごい形相で怒鳴られてもなあ。
「ありえない……ありえない……!」
真面目そうな顔をしている彼は、剣をほっぽり出して頭を抱えた。そんなにショックを受けることかなあ。
彼も開始前から私を侮っていた。一人目の彼ほどあからさまではなかったけど、子供を相手にしているような心持ちが見てとれた。
侮りは敗北だってこと、知らないのかな。
二人続けて短剣すら使っていない。私に嫌悪感を抱くのはいいけど、模擬戦くらいは真面目にやった方がいいと思う。
もう何を言っても無駄な気がしたので、私は仕方なく退室した。
今度の対戦相手は一味違う。そう直感した。まず彼は、緊張していた。拳が強く握られていて、渋いオレンジ色の短いもみあげがうっすらと濡れている。それでいて表情には微かな期待が見えていて、まさに試合前という感じだった。明らかに新入隊員の雰囲気だったけど、歳下には見えないし、階級は私と同じ二等兵。魔術学校とかのエリートコース出身といったところか。
「イロハ・メローニですッ!」
彼はそう言って敬礼する。久々に見たちゃんとした対応に、少し驚いた。
「ユリア・シュバリアスです」
敬礼を返す。
新人故か侮りが見えないので、逆にさっきの彼らよりは骨がありそうだった。
『第三試合一組目、準備は整ったようだな。連戦の疲労がキツくなってきただろうが、それも模擬戦の一環だ。本番だと思って全力を尽くせ』
そうか、確かに休憩時間は充分ではないから、体力がキツくなってくるのか。じゃあ彼がかいている汗は緊張のせいじゃなかったりするのかな。
体が光に包まれて、アーマーが出来上がった。
『では始めてくれ。健闘を祈る』
この、タイミングのわかりづらい合図にもいい加減慣れてきた。
覚醒者は、いくら覚醒者でも、初手から私が詰むような攻撃はそうそうできない。覚醒能力にはリミットという出力限界があるからだ。それでも有り得ないわけじゃ無い。もしもの時の判断を間違えないようにできるだけ気を配りつつ、慎重に相手の出方を伺って覚醒能力の分析を試みる。
彼は最初に、口を開いた。
「
言霊による魔述宣言。魔術師だ。
彼の少し後ろで、半円を描くように、四つの光が空中に灯る。光が消えていくと、それらの中から青い半透明の剣が形を成した。
汎用か。固有魔術じゃない。
こちらを向いた四本の魔剣を見て、私は一戦目の彼を想像して身構えたが、それらが放たれる様子は無い。なるほど、いやらしいなあ。
続いて彼は右手をこちらに向ける。
「
イロハの頭上に大きな光の塊が現れ、その中から無数の魔剣が襲いかかってきた。
側方に跳んで回避した。半透明の剣は弾性のある床に次々に刺さり、霧散する。着地と同時に自分の短剣を抜いて投げた。固有魔術を晒してほしかった。
しかし短剣は彼の手のひらで防がれた。いや、手のひらを覆う膜に防がれた。
イロハの手首には小皿ほどの大きさの、紫色に光る円が浮かんでいた。その内側には大量の、ごく小さな文字のようなものが、内円を描くように羅列されている。
小魔法陣だ。小魔法陣による防御魔術。これも汎用だ。
「
再び魔剣が降り注ぐ。少し焦ったのか、言霊を宣言する言葉にさっきよりも感情が乗っている。
最初に現れた魔剣は、まだ彼の頭の周りに引っ付いたように浮遊している。あれは接近された時の対応手段で、牽制。小慣れてる。
でもここまで汎用に頼るのは逆に非効率なはずだ。彼の固有魔術は扱いづらい類のものらしい。ならプラン変更だ。
もう一本の短剣を抜いて、彼に向かって一直線に駆けた。
「ッ!」
彼にくっついていた魔剣が二本飛んでくる。走り続けながら短剣で弾いた。魔剣はまだ二本残っているけど、射出前に仕留める。
地面を蹴り、彼に刃を向けて真っ直ぐに伸ばす。直後に小魔法陣が展開されて、防御魔術が発動。でも、これくらいは。
現れた障壁が砕け散る。しかしこちらの威力も殺されたのか、寸前でかわされた。
来る。
横に身を翻すと、立っていた地面に魔剣が二本突き刺さった。
もう魔剣はない。
彼は後方に跳んだ。逃がすものか。大きく踏み込んで、地を這うように腕を伸ばした。
彼の手には小魔法陣。無駄。今度は当てる。
あれ、
障壁が出ない?
次の瞬間、足元で何かが光った。
刃が下から襲いかかってきた。
「わっ!」
それは私がさっき投げた短剣だった。固有魔術は上昇か!
即座に地面を蹴り、横に跳んだ。刃が私のアーマーをかすって、火花が散った。
割れてはいない。けど体勢が崩れた。
ずっとこれを狙っていたのか。
急いで整えて彼を見る。
視界に描かれる一閃。
彼の腰にあった直剣が、私の首筋に迫っていた。
アーマーが、割れる音。
「おわっ」
イロハは尻餅をついた。
「すげえ……」
私は彼の視線の先、突き出した自身の短剣を一瞥する。緊迫が解けて、大きく息が漏れた。
「あぶなかった」
「絶対勝ったと思ったのに、逆に俺が負けるなんて」
イロハは高揚したような顔で立ち上がる。
「避けて、カウンターしたのか?」
「ああ、うん。そうだよ」
「クッソ、全然見えなかったよ」
負けた後の態度も、他の人と全く違う。悔しさを確かに含みながらも、相手を称賛しているのが見ただけでわかる。
「へへ、接近戦なら自信あるよ」
最後に剣で隙を狩るという彼の選択は、決して間違いじゃなかったと思う。でも私が相手なら悪手だ。剣で攻撃するという選択がされた時点で、私の勝ちは確定していた。
それ以外の対応だったらちょっと嫌だったけど。
上官が寄ってきて、次の試合の準備をするように言われた。私はイロハと握手を交わし、その場を後にした。
休憩室の椅子に座って、深くもたれかかり、目を閉じた。ひどく疲れているわけではないけど、そうしてみると深い息が自然と漏れた。
休憩室には誰もおらず、数十個の簡素なパイプ椅子が沈黙した空間を持て余している。
(感触はどうだ)
声が聞こえてきた。誰もいないので、私は普段通りの声量で答える。
「最初は拍子抜けだったけど、イロハは面白かったよ。あとの二人が楽しみ」
(そうか。それは何よりだ)間を開けて、(わかってるとは思うが、間違ってもあれは使うなよ)
「え、あー……やっぱり?」
(当然だ。アーマーが無意味なのだから)
目を開けてちょっと考えてみたけど、考えるまでもなかった。いきなり使うと私の体も心配だし。
覚醒能力の無い私が覚醒者に対抗する手段は限られている。一番単純なのは、近接戦闘を仕掛けること。当たり前で単純だけど、これは決して簡単じゃない。
それだけだと厳しいから、より確実な対抗手段がもう一つあるのだけど、そっちはまた違った、いやーなリスクがあるからできれば使いたくない。結局、何かと争う時点でリスクからは逃れられないということなんだろうけど、模擬戦だと”争い”の意味も少しだけ違ってくる。
「わかりました」
(よろしい)
「ねえ、ニル」
(なんだ?)
「記憶、早く戻るといいね」
(ああ。そうだな)
私は再び目を閉じて、他の試合が終わるのを待つ。
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