1-2 慣れ

 目線だけを、周囲に巡らせた。本当だった。多くの視線が、私を貫いている。もしかして、先ほどからずっと、なのだろうか。だとすれば、何故なのだろう。初日から嫌われるのは出来れば遠慮したいのだけども。

 会話が耳に入ってきた。


「あの子が例の無覚醒……」

「本当に特務部隊の肩章を付けてる」

「やっぱりズルだよ。見るからに弱そうだもん」


 ああ、そういうことか。

 やっぱり覚醒者の集団では、逆に無覚醒が迫害される傾向にあるらしい。

 世間では覚醒者への差別がまだ根強く存在している。理由は覚醒者が総人口の二割程度しか存在しないから。謎の力を扱う少数を、そうでない多数は恐れるという簡単な話。

 どうやら数の関係が変われば、差別するされるの関係も当然逆になるということのようだ。

 全く想定していなかったわけじゃないけど、これほどとは思わなかったな。


「うーん……」


 と、この気まずい状況をどうやって対処しようか考え込んでいた時。誰かが私の目の前に立った。

 まず目に入ったのは、胸。なんというか、ギリギリ許せないサイズだった。次いで、腰に下げられたレイピア。剣は直剣が主流の世の中だ。刺剣使いは珍しい。

 私は少し見上げて、その人の顔を見た。ピンク色のロングヘアが特徴的な、私より少し年上くらいの女の子だった。いい匂いがする。

 彼女の肩章を見る。私と同じ二等特務兵だ。

 彼女は胸の下で腕を組んで、冷たい視線を私に向けていた。その目は、なんだか不機嫌に見えた。

 もしかして怒られるんじゃないか。そう思った時、彼女が口を開いた。


「あなた、道に迷ってるでしょ」

「えっ……は、はい」


 さっきの人もそうだけど、どうして見ただけでわかるんだろう。ああ、見たらわかるのか。


「やっぱり。じゃあ行き先は……隊員寮ね」

「えっ、えっ……」


 それはなんでわかるの……。


「……そうなのね。じゃ、案内するから。行くわよ」


 そう言って、彼女は私の腕を掴み、そのまま歩き出した。


「え、ええ……」


 私はバッグを片手にしっかりと持ち、案内するという彼女の言葉を信じて、引きずられないように必死に足を動かした。




 しばらくすると、建物の前についた。割とすぐだった。

 彼女はその建物を指さして言った。


「ここが隊員寮。部屋に荷物置いたら、ベッドの準備をしておくことを勧めるわ。夜はヘトヘトだろうから」

「う、うん、わかった。あの、ありがとね、わざわざ」


 感謝を告げると、彼女は私に向けて手を差し出した。彼女の目を見る。少し鋭いが、その分真っ直ぐで、変に飾らない目。冷たく見えるのは不機嫌なわけではなく、彼女の素の性格故かも知れない。


「あなた、シラノ軍司令に推薦されて転属してきたっていう、例の女の子でしょ。若手の間じゃ有名なのよ」


 やっぱり悪い噂になっていたみたいだ。

 特務部隊は、他三つの組織の手に負えない案件を、任務として処理する組織だ。その内容は魔物の討伐任務とか覚醒犯罪者の捕縛とかだから、隊員にはそれを可能にする戦闘力が必須になる。だから、特務部隊は長らく覚醒者のみで構成されてきた。

 その定石とも言える流れを奇しくも壊してしまったのが、この私。

 大抵の特務部隊員は覚醒能力こそが力だと信じているから、私の推薦がインチキに見えるのだろう。そこに関して気持ちは全く分からないけど、否定するつもりはない。

 だって私、シラノ軍司令と面識ないし。

 推薦はある日突然、承認したという事後報告と共に知らされたことで、正直言って全く身に覚えがない。

 シラノ軍司令はかなりの実力至上主義者。就任と同時に、実力を伴わない士官たちを一斉に解任したという話があるくらいだ。恐ろしや軍司令の権力。

 そんな人だから変な理由ではないと思うけど、事後報告だけでほったらかしにされるこっちの身にもなってほしいというのが私の心の声。

 というわけで、インチキと言われるのも別に否定はしない。けど、私はほとんど被害者であることを主張したい。まあ、彼らには過程が見えないし、推薦という結果しか知らないから、仕方ない話だけど。

 目の前の彼女は腰に手を当てながら言う。


「さっきみたいな頭の悪い連中もいるけど、気にしないでね。すごいことなんだから」

 ん?「それってどう──」違う違う、考えろ私。


 彼女はやっぱり機嫌を悪くしていたってことだ。多分それは、私に聞こえる声で悪口を言っていた、あの人たちに対して。だから私を励ましてくれている。それも、「すごいことだ」と、私でさえ若干信じきれないことを言ってくれた。

 そう思えばあっという間に彼女の人格に惹かれていた。


「ありがとう。ああいう反応には慣れてるから、大丈夫だよ」

「そう、なのね」


 本当に心からの感謝を伝えたかったのだけど、私の言葉を聞いた彼女は悲しい顔をした。その顔を見て、なんだか申し訳なくなった。不要な同情を強要してしまったみたいだ。何か付け加えよう。


「慣れてるというか、ありがたい? みたいな? あれ、違うか」


 なんだか伝えたかったニュアンスと違ったので言い淀む。言葉ってほんと難しいなとつくづく思う。

 下を向いてブツブツとつぶやいていると、彼女は「ふふっ」と笑った。


「ありがたいって、……ふふ。あなたって、変わってるのね」


 上品かつ無邪気な笑い方だ。なんとなく、魅力的な人だなあと思った。

 彼女は胸に手を置いて息を落ち着かせると、顔に笑みを残したまま言った。


「じゃ、私はこれから用事があるから。任務で一緒になった時はよろしくね」

「うん、本当にありがとね」


 そうして手を振り合って、彼女は駆け足でその場を去っていく。


「あ、まって……」


 ハッとなって声を掛けるが、もう遅かった。


「なまえ……」


 彼女の姿は既にちっちゃくなってしまっている。追いかけてもいいと思ったけど、時間があまりないことに気づく。

 けど、多分大丈夫だろう。彼女とは、また縁があるような気がする。

 新しい出会いに微笑みながら、隊員寮に入っていった。

 まずいことに、ベッドの準備は叶わなかった。


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