生きるためなら死んでもいい〜異能も魔術も使えないけど超能力集団にぶち込まれた〜

紳士やつはし

みんな違ってみんな〇〇

1-1 居場所

 いつもより少しだけ重い銃身を、見知った顔に向けた。

 そこには、見れば安心できるはずの笑顔があった。

 まるで初めてそれに触れるみたいに、私はゆっくりと引き金に指をかけた。

 これを撃たなければ、私が死ぬ。みんなが死ぬ。大勢が死ぬ。

 撃てば——が死ぬ。もう会えない。

 枝分かれするわかりきった結末。

 けど、それは選択肢なんかじゃない。そこにあるのは、ただ一本の道だけ。

 だから、

 私は——。



* よ ろ し く



 やあ。君も少しは興味あるんだろ? 付き合うよ。

 隣失礼するね。うんしょ、っと。

 え、お菓子? ああ、もらうよ。

 ありがと。

 うん、ほんとだ。あんまり美味しくないね。

 あ、ちょっと待って。それを覗く前に、少し話をしてもいいかな。

 君にはどうしても話しておきたいことなんだよ。お願い。

 いやあ、悪いね。

 その話というのはね、十二年前のある出来事についてだ。

 その年に、世界中を恐怖に陥れた日があってね。海の暗闇から、最悪の魔物が現れたんだよ。黒く輝く巨体と、月夜を覆い隠すほどの翼を持った、まさに絶望の化身だ。

 その名も、竜王ノルグランデ。そいつはある国の四分の一を、一晩で火の海にした。

 けどね、そいつはその晩に倒されたんだ。ある英雄たちによってね。でも人々の恐怖は、長く残り続けた。それはなぜか。魔物を恐れたのさ。

 人類は魔物を舐めてたんだ。ところが、竜王の襲来を知ったことで、人類は魔物に滅ぼされる可能性を認識せざるを得なくなった。だからこの日は「襲来の日」と呼ばれ、人々の記憶に刻み込まれてる。

 あと面白いのが、この日を境に、昔からあった”覚醒者への差別”がさらに強まったんだ。どうしてだろうね。この日は多くの覚醒者が何人もの人を救ったっていうのに。

 まあ、そんな「襲来の日」だけどね。この日初めて生きる意味を見出した人間がいるんだ。

 彼女が今回の主人公だよ。

 当時の年齢は五歳。その日彼女は、孤児院の大人に連れられて避難していた時に、避難の誘導をする軍服の人たちに会ったんだ。笑顔で避難のサポートをするその人たちを見て、彼女は人助けに憧れたんだよね。だから彼女は、軍人を目指した。そりゃあもう並々ならぬ情熱だったよ。でもさ……ふふ、面白いことにさ……はははっ。

 ああごめん、長く喋りすぎた。時間を取らせたね。



* ユリア・シュバリアス



 フェオスト王国王都。三番都市スレイル。

 私は、それはそれは大きな門の前に立っていた。

 傍らの石板には、「フェオスト王国碧選軍へきせんぐん中央拠点」と刻まれている。


 「……ついに、来たんだ」


 そう独り言を漏らしてから、旅行用の重いトランクを握り直し、中に入った。

 憧れの転属を掴めた喜びと実感で足取りが軽快になり、その揺れによって、腰のベルトに繋がった小さいポーチと短剣がカチャカチャと音を鳴らした。

 荘厳な雰囲気を放って建ち並ぶ、コンクリートやらレンガやらを使った大小様々な建物。その間を、軍服を着た大勢の人々が行き来している。首元がV字に開いた、黒を基調とした制服の下に白シャツ。シンプルで動きやすさを重視したズボン。当然、私が今着用しているのも同じものだ。

 彼らはここにいる時点で、少なくともそこそこのエリートということになる。その中に私が加ったという実感は、実を言うと無い。むしろこんな私でいいんですかと言いたいくらいだ。

 そして最も特筆すべきは、腰に剣を携えた人たちがあちこちにいるということだ。その光景を見て、私の胸の中が再度大きな音を立てた。

 碧選軍の、四つある組織のうちの一つ。少数精鋭、化け物集団との悪名高い特務部隊。私の転属先。剣の類を装備していることは、その隊員である証とも言える。覚醒能力を使用できる彼らは、基本的に銃器を使わない。併用しづらいから。

 特務部隊の姿は何度も見たことがあるけど、この人数を拠点内という場所で拝むのは初めてだ。この光景だけでも転属してきた甲斐が……流石に言い過ぎかな。


「あれ……ここどこだろう」


 ああこれは良くない。嬉しさのあまり道がわからないのを忘れて、考えなしに歩きすぎてしまったみたいだ。まずは隊員寮に向かわなきゃいけないはず。誰かに聞くか、看板か何かを探すか……いや、落ち着け。キョロキョロと周りを見渡す不審者が完成する前に、誰かに聞こう。なんだか急に緊張してきた。

 ちょうど、優しそうな女の子が歩いてきた。金髪で目が鋭いけど、きっとああいう人は逆に大丈夫だ。

 そう思い、女の子の方を見た時、彼女の目が既に私の方に向いていることに気づいた。


「えっと、何してんの?」

「あ、その」


 心配と不信を兼ね備え、目を細める彼女。ふとその軍服についた肩章が目に入る。

 赤い紋章に縞が三つ。特務部隊で、それも一つ上の階級である一等特務兵だった。


「道に迷っていました!」慌てて敬礼しながら言う。「ここに来るのは初めてでして!」

「あ、そう。じゃあ案内するから行き先を……」


 彼女は言葉を中断した。私の全身を、まじまじと眺める。


「違ってたら申し訳ないんだけどさ。君、もしかして例の無覚醒?」


 彼女の目が、いっそう細くなった。


「はい、例の……というのはわかりませんが、私は無覚醒です!」


 私は声を張ってそう言った。細く鋭くなっていた彼女の目だが、さらにその眉間に、深いシワが寄った。


「そうなんだ。あたし、無覚醒に構ってるほど暇じゃないから」


 彼女はそう言ってサッと体の向きを変え、何事もなかったかのように立ち去ってしまった。

 私は呆気にとられて、その場で彼女の背中をしばらく見ていた。


「えー……」


 強風が一つ吹いて、軍服の裾がはためいた。

 異能と魔術の総称、覚醒能力。そのどちらかを扱える人間を覚醒者と呼ぶけど、私は魔術師でも異能使いでもない。無覚醒だ。


(ユリア)


 声がした。私の意識の奥底から私の中に直接語りかけるように。私自身が発するのとよく似た声が。


「なに?」


 少し声を抑え、胸の中心に向けて返事をした。彼女から話しかけてくるのは珍しい。もしかして私の様子を見かねたのかな。


(さっきから、見られているぞ)

「え」

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