11-5 聞き飽きた

* ユリア・シュバリアス



 リブを構えて、すぐさま撃った。

 いつもより眩く発せられる青い発火煙。

 足に向けて放った弾が、ルシアの軍服の裾を抉り取った。

 避けられた。でも想定内。接近戦だけで実力を発揮してきたルシアが、この程度できない方がおかしい。

 反動と痛みで体が一瞬だけ動かなくなる。

 その一瞬をルシアは見逃さない。弾道から逃れた後の勢いのまま、私の頬しか見えていないみたいな拳が飛んでくる。

 全身の力を一瞬だけ抜いて、下に避けた。

 ゼロ距離。

 リブを光に戻し、短剣を突き立てようとしたところで、ルシアの踏み込みが轟音をたてて地面を抉った。そのせいで体捌きが狂った。そこに膝蹴りが飛んでくる。初速なら私に分があるけど、仮にあいこになれば確実に威力負けする。

 すぐに体を捻って避けに回りつつ、すれ違いざまに短剣で脇の下を刈り距離を取る。でも当然のように反応されて、空いた距離を間にして睨み合う。

 相手は怪力の異能。覚醒者だ。

 しかしその自覚は足りていなかったようで、距離をとったはずなのにルシアはもう目の前にいた。

 強烈なパワーが生む、愚直で圧倒的な速さ。

 殺意に似た怒りが私の顔面に照射された。咄嗟に首を傾ける。

 空気の破裂音がして、私の顔があった場所を大砲みたいな拳が通過した。

 もしかして生かすつもりなんてなかったりする?

 大砲の拳がさらに一つ。二つ。

 やっぱり私の頬をぶん殴ることしか考えていない。

 この威力、速さ。目で追おうとした瞬間に直撃するのは間違いない。続く攻撃も、体の予備動作や視線、殺気でなんとか対応していく。

 次第に一つ一つの攻撃が繋がりを持って、連打になる。反撃の隙なんてない。でもなんとか避けていく。

 感覚を研ぎ澄まし、ルシアの怒りの軌道を見極め続ける。

 だがそれらに紛れていた不意打ちには、反応できなかった。掴まれた。

 首を。

 掴まれるその瞬間、ルシアに生じた隙を縫って短剣をその首に近づけた。

 私たちは、互いの命を握り合った。

 ルシアの手に、締め付ける力は一切ない。ただ触れているだけと言ってもいいくらいだ。それがかえって、いつでも簡単に握りつぶせるという裏付けにも思えた。

 でも彼女はそれをしない。あるいはできないのかもしれない。

 私はルシアの目を見た。ルシアも、私の目をじっと見ている。

 ルシアが言った。


「迷いがなくて、綺麗な刃」ルシアは短剣に目を配らず、こちらを見たまま続ける。「私を殺す気はないんだね」


 彼女の表情には冷えた怒りがあった。

 殺す気がないことを相手が承知しているということは、この脅しに意味は無いのかもしれない。それでも、私は短剣を下さない。


「私は殺人鬼じゃないから、当たり前だよ。それに、ルシアだって」


 私もルシアも、殺気はある。けどそれがどういう殺気で、何を排除しようとしているのか、首を掴むこの手を意識すればわかることだ。

 ルシアが表情を歪めた。首に触れる手がほんの少しだけ力んだ。


「だったらなんで殺した!」


 彼女の声に、夜が震えた。

 それは間違いなく、ルシアが病院の前で黙り込んだ時に押し殺した声。

 あの時、ルシアは私の行動を正しいと言った。なのに、無茶苦茶だ。正反対だ。矛盾だ。

 私はただ黙ることしかできなかった。

 感情を露わにしたルシアの顔。怒りの中に、悲しみが混じっていた。言わないように努力していた言葉なのかなと思った。


「わたしにはユリアがわからない」ルシアの手が、少しずつ首を締め付け始めた。「わからないままあいつらのところに行くなんて許さないからね」


 首を折る気はなくとも、失神させるつもりらしい。

 効果がない事を認めて、短剣を下ろした。嗚咽をこらえながら言った。


「どうして私を止めるの」


 ルシアの表情がゆっくりと冷めるように、色を失っていく。 

 頚動脈が締まる。


「間違ってるからだよ」


 わかり切ったことをあえて口にする時の、力のこもった言葉だった。


「そっ、か」


 間違い。正しい。か。

 握った短剣を、ルシアの腕に突き立てた。

 彼女は反応して飛び退きながら腕を引っ込める。けど深めにかすった。

 ルシアは上腕の外側を押さえて睨んできた。血が垂れているのが微かにわかる。

 短剣をもう一度構えて言った。


「なら続けようよルシア。間違った手合わせをさ」


 正しいとか間違いとか、もう聞き飽きた。

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