9-7 そんなこと

「お前、両親も軍人だったらしいな」


 膝に頬杖をついたまま、ジェイドが語る。

 シマザキ隊長は時間が止まったみたいに固まっていた。


「ガキの頃に二人とも殉職したんだろ。で、その後両親に憧れて碧選軍に入ったんだったか」


 俺は次第に恐怖を抱いていた。

 どうしてそんなことを知っている。きっと碧選軍の中でも誰も知らないような情報だ。

 そして、なぜ今それを話すんだ。


「お前は才能を発揮し、十八歳で分隊長になった。だが一年後の襲来の日、その隊員が全員死んで、お前だけ生き残った。はっ、どっかで聞いた話だよな」


 頭に血が上った。

 でも、何もできなかった。


「お前の剣。その隊員が持ってたやつなんだって?」


 隊長の握っている剣を反射的に見た。

 何の飾り気もない、灰色の直剣。確かに准等士官が扱う剣にしては地味だと思っていた。けど、そこまで重要なものにしては、今まで彼の扱い方に違和感を感じたことはなかった。

 ジェイドはまた笑った。その様子を、シマザキ隊長はじっと見ていた。


「なあシマザキ」


 ジェイドが座ったまま、分隊長に人差し指を向けた。


「お前、死ぬために戦ってんだろ」


 こいつは何を言っているんだ。俺はそう思った。

 シマザキ隊長の手が、剣の柄を強く握り込んだ。


「だからどうした」


 低くて空っぽで寂しい声がした。分隊長の声なのか?


「お前たちは民間人を利用して殺した。俺がお前を倒す理由なんてそれで充分だろ」


 ジェイドは困惑したように後頭部をかく。


「あのな、俺が言いたいのは、みんな生きるために戦ってるってことだ。んで、何がそいつにとって生きることなのかは、人それぞれ違うってもんだろ」


 そこまで言うと、ジェイドはゆっくりと立ち上がり、シマザキ隊長を見て一呼吸置いた。


「その「生きること」を、てめえの定規で「そんなこと」とか言われると、ムカつくんだよ」


 気づけば、二人は睨み合っていた。殺気の高波がぶつかり合い、反発しては散って、空気を震わせた。

 沈黙に縛り付けられる。あまりの緊張感に、指一本すら動かせない。

 ジェイドが剣を抜いた。分隊長は構える。射殺す目で互いを牽制している。

 一触即発なんてものじゃない。一ミリの甘えが死に繋がるのではないかと、そう錯覚させた。


 光が灯った。


 ジェイドの羽織ったジャンパーのポケットからだった。漏洩現象とも違う、点滅するような光。

 俺は驚愕した。同時に拮抗した殺気も掻き消える。

 俺と分隊長にとって、それは見覚えのある光だった。


「ん?」


 気づいたジェイドがポケットからその光を取り出した。

 金色の、手のひらサイズのブローチ。

 表面に抉り取られた跡があり軍章は見えないが、間違いなくデバイスだ。

 ジェイドはデバイスに触れ、表示された画面を一目見て、「まじか」と言って舌打ちをした。そして何事もなかったかのように、デバイスをポケットの中にしまう。

 口から自然と言葉が出た。


「なぜお前がそれを……」


 ジェイドは今気づいたかのように「ああ、」と言って笑う。


「俺たちをただの犯罪集団だとでも思ってたのか?」


 ジェイドは抜いた剣を収め、小魔法陣を展開して続ける。


「今回は退かせてもらう。またやろうぜ」

「逃げるのか」


 分隊長が殺気を込めて言う。

 ジェイドはこっちを見て、口だけでニヤリと笑った。


「ただじゃ逃げねーよ」


 そして、消えた。

 周囲にはいない。

 そこには嫌な静寂だけが残っていた。

 逃したことを悔やむ前に、俺は異変に気がついた。


「分隊長、あれ」


 そう遠くない上空を指さした。

 そのあたり一体の空気が、赤く染まっていた。そういえば、さっきと比べて明らかに気温が上がっている。冬服じゃ暑いくらいだ。


「ハルだ」


 目を見張る。

 あの範囲をハルが?

 だが一瞬で腑におちた。彼女ならおかしくない。約束したのだから。

 分隊長と俺は合流のために、赤い空気の元へ急いだ。

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