9-6 仇なすもの

* イロハ・メローニ



 俺はただ、呆然と眺めていた。

 おびただしい数の魔剣が、光の玉一つ一つから放たれ、こちらに向かって飛んでくる様を。


「イロハ!」


 シマザキ隊長が目の前に割って入った。

 彼が伸ばした腕を水平に振るうと、地面から発生した氷の壁が波のように成長して魔剣を迎え撃つ。

 分厚い氷に無数の魔力剣が刺さり、甲高い音が絶え間なく続く。その威力に氷が容易に耐えられるはずもなく、壁の内側に亀裂が走った。

 そしてついに、氷は崩壊した。と同時に、魔力剣の射出も止まる。推進力を失った大量の魔力剣と、砕かれた氷の破片が空中に舞い、地面に辿り着く前に散った。

 圧倒的威力、範囲、手数。

 同じ強襲魔剣の宣言。それでもこれだけの違いが出るなんて。

 平然とした表情のまま、ジェイドが言った。


「ああ、それとな」


 消えた。油断していた。一体どこに——


「接近戦ができねえ魔術師は二流だ」


 背後からの声だった。

 振り返って剣を向ける。でも相手の刃は既に俺の首に迫っていた。

 首に届く前に、ジェイドの足元が光った。


「おおっと」


 ジェイドがまた消えて、彼が立っていた石のタイルが爆発した。

 見ると、分隊長がこちらに手のひらを向けていた。


「あいつの異能を使ったわけか」


 離れた場所に現れたジェイドが、楽しげに言った。

 シマザキ隊長は睨みで返した。


「だがまあ、あいつよりもだいぶ控えめって感じだな。起爆の異能は不慣れか?」


 安い挑発……いや。不慣れ?

 こいつ、シマザキ隊長の異能についてどこまで知っているんだ?

 隊長がコピーした異能は、練度が一律じゃない。初めてコピーした異能の練度は低いし、何度も経験した異能なら練度は高くなっていく。

 まるでそれを知っているかのような物言い。


「睨むなって」


 ニヤニヤ笑いながら、ジェイドは剣を鞘に収めた。


「俺はもう満足だ。話でもどうだ?」


 そして、あぐらをかいて地面に座った。

 俺と分隊長はしばらく動けなかった。

 でも、わかることはある。舐められているのだ。


「何のつもりだ」


 シマザキ隊長が言った。ジェイドは自分の膝に頬杖をついた。


「実を言うと、俺はもともと別行動をするつもりだったんだよ。ところがデュークの野郎が存外にヤバいってんで、仕方なく俺が分断したってわけだ。お前たちを倒すのが俺の目的じゃねえし、暇だから話でもしようぜってことだ」


 理解した。こいつにあるのは俺と分隊長に勝つ自信じゃなくて、負けない自信だ。加えて、絶対に合流させない自信。合流さえさせなければ、下手なリスクを負って戦う必要もないってことだ。

 そんなにも合流が嫌なら、こっちは何がなんでも合流するべきだ。でも、転送の魔術をどうやってかいくぐればいい。


「お前らは何者だ」


 分隊長がさっきと同じ質問を投げる。

 ジェイドはさっきと打って変わって、ペラペラと喋り始めた。


「組織名は『ライブリー』。目的は無覚醒の殲滅だ」


 俺と分隊長は絶句した。馬鹿げていた。

 だが、男の目は本気だった。


「今回は、気になってる奴をスカウトしに来た。本当はもう一つあったんだが、この想定外でおじゃんだ」

「差別がそんなに嫌か」分隊長は怒っていた。

「はあ? 当然だろ」

「そのために八割の人間を殺そうってのか。そんなことのために特務部隊おれたちに仇なすのか!」


 分隊長の怒号に、ジェイドは腹を抱えて笑った。笑い転げた。

 自分の握った拳が震えるのを感じた。怒りじゃない。

 焦りに似た感情だった。

 俺たちは、目の前の敵が抱えている狂気の野望に対して、単なる正義の味方として対峙することは許されないのではないか。

 そんな、どうにも逃れられない呪いのようなものを、前方で笑い転げる男から感じていた。

 笑いを収めて、ジェイドが言った。


「お前はどうなんだ? レン・シマザキ」

「なんだと……?」

「お前はなんで戦う。何のために生きている。大層な理由か?」


 俺はその質問に不穏なものを感じた。この男は、何か俺たちでも知らない事をわかった上で、隊長に質問している。

 俺は、多分念のために、分隊長の顔を見た。

 彼の表情からさっきまでの怒りは全て消え失せ、何もなくなった空っぽな表情で、ただ目を見開いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る