9-8 痛みの片鱗

* ユリア・シュバリアス



 オレンジ色の光が収まると、何故か耐えきっていた氷のドームが瞬く間に砕け散った。

 どうやら氷を常時生成しつづける事で熱波を防いで、そのおかげでコントロールを気にしなくて良い分出力を上げられる……という寸法みたいだ。いや、それでも訳わかんないけど。

 ハルが突き出していた両手をパタリと降ろす。

 あたりの地面や壁など、そこかしこに赤い熱の痕跡が残っていた。陽炎が改めて目に痛む。

 私も、ハルも、人質も、全員無事。

 デュークだけが、見るも無惨な焼死体になって転がっていた。


「……凄い」


 地面にへたり込んだまま、口から感嘆をこぼした。

 ハルは喜ぶことも、驚くことも、憤ることも無く、ただ静かにデュークだったものを眺めていた。

 冬の訪れには似合わない生暖かな風が、ハルのピンクの髪を揺らす。

 少しして、ハルは私の方に目を向けた。


「合流するわよ。動ける?」


 緊張感を絶やさない目。それでいて、確実に何かを勝ち取った目。それは助けた人が私に向ける目にも似ていて、私の心は任務中に相応しくないくらいの幸福感で満たされた。

 まだ重い体をなんとか動かし、立ちあがった。


「動けるけど、まだ万全とはほどと——」


 あれ?


「どうかしたの?」


 自分の中の何かが、言葉を遮断した。

 違和感。違和感だ。

 焼け焦げた体を見た。どう見ても死んでいる。

 仰向け。もがいた形跡。

 人質たちを見る。変化は無い。いや。さっきの青年がいない……?


(ユリア。奴の外理エネルギーが消えていない)

「え……?」


 もう一度死体を見た。

 右目に抉れた傷が無い。



「ハル! まだ終わってない!」


 ハルは身構えた。

 ニルの反応が遅かった。あれだけ大規模な異能が発動したから、そのエネルギーに紛れてわかりずらくなってるんだ。

 辺りを見回す。そしてすぐにその行動が無意味であることに気づく。

 相手は奇襲に特化して——


「ごめんよー嬢ちゃん」


 私はミスをした。

 その男がその場所に現れるのを、最も警戒するべきだった。

 ハルのすぐ背後。

 今のハルに易々と近づける男が、そこにいた。

 いや、二人いる。そいつの腕に雑に抱えられてぐったりと項垂れているのは、体のあちこちが焼けただれたデュークだった。


「──ッ!」


 ハルは咄嗟に振り向いた。

 同時に。

 男がデュークの手を持ち上げ。

 ハルの肩に置いた。

 項垂れたデュークは、微かに嘲笑の笑みを浮かべていた。


「こいつにはまだ死なれちゃ困るんだよ」


 ハルのレイピアが二人に襲いかかった。

 男はデュークから手を離した。デュークは落下で逃れ、男は体を捻り軽々と躱す。

 その捻りを利用し、間髪入れずに拳をハルの顔面に叩き込んだ。

 物凄い音がした。ハルの体が空の薬莢みたいに吹っ飛んで転がり、屋敷の内側の壁にぶつかって停止した。

 男は攻撃後の隙を晒す。今の体じゃ遅すぎる。

 迷わずリブを構えた。

 ハルは触られた。だから、デュークあいつを殺すしかない!

 引き金を引いた。


「じゃ、後でな」


 弾丸がその体にめり込む前に、デュークと男の体は軌道上から消え失せた。

 あまりの痛みに悶絶し、絶叫した。

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