7-3 怒り2
* ロイ・グレシアン
剥き出しのコンクリート、明るさの足りない電球、砂埃。ここが一体何のために作られた建物かは見当がつかないが、とにかく長らく使われていないことはわかる。居心地が最悪だってこともだ。
だがもうすぐこの場所ともおさらばできる。デュークさんが俺に声をかけてくれたおかげだ。あの人の配下になれば、俺たちの復讐が叶う。寄せ集めの組織だったが、思い切って結成してよかった。
男女混同の団員たちは、ごく普通の見た目だ。服装もカジュアル。だからこそ仲間にした。俺の経験則からして、そう言う奴ほど内に秘めた炎が強いのだ。今も荒れた地べたに座り込んで、その時を待っている。
それにしても、連絡が遅い。あの人からの指示が来るまで待てって言われたはずだよな。もう一度こっちから無線を入れてみるか。さっきやったばかりだから気が引けるが。
ザッと音がして、無線が入った。俺は歓喜した。
『おい、リーダー!』
そして落胆する。
「どうした、待機だっつったろ」
『特務部隊が来るなんて聞いてないぞ!』
そのセリフが脳内で三度再生された。
「は? 特務部隊?」
グレッグは冷静な男だ。あいつがこんなに慌てた声を出すなんて、本当に特務部隊が現れたみたいじゃないか。
『何が見つかることはないだ! さっさと指示をザッ』
途切れた声。呼びかける余裕はない。
特務部隊。冗談だろ。そんなはずない。どうして。なんで居場所がバレてるんだ。つまり、じきにここも?
「おいお前ら!」
団員たちに呼びかける。全員が既に立ち上がって俺を見ていた。特務部隊という単語を聞いたからだ。
「今すぐ逃げる準備を……」
「逃がさないけど?」
異物。視界の隅から、飛んできた。
直剣だ。回転しながら真っ直ぐに空中を進み、天井の電球に。
突き刺さる。
電流がありえない勢いで爆散した。
俺は辛うじて範囲外だった。団員の大半が範囲内。ほとんどが反応して覚醒能力で防いだが、何人かやられた。
階段の方から、歩いてくる人影が三人。長身の男。ピンク髪の女。小柄な女。制服を見ずとも一瞬で悟った。特務部隊。
そしてあの肩章。あの顔。リストで見た。シマザキだ。レン・シマザキ。よりによって准等クラス。終わった。
「リーダー、逃げな」
「あんただけでも行ってくれ!」
グレアとナサニエルが並んで俺に背を見せる。頭が真っ白になって、何も考えられない。考える前に、体が最善の行動を選択していた。俺はその場に背を向けて、全力で走った。
情で動くわけにはいかない。俺はリーダーなんだから。
確かに寄せ集めだ。だが、共に復讐を誓った。社会に与えられた傷を舐め合える初めての空間。仲間。ここで共に果てることがあいつらの望みじゃない!
「ユリア、追える?」
「了解!」
裏口に走り、災害時用の外階段を駆け降りる。向かう先もわからない。必死に足を動かした。
特務部隊。俺たちにとって最恐の同族狩り。
捕まるわけにはいかない。何度も踊り場で切り返して、三階から地上を目指して降り続ける。
なんで俺たちは、同じ覚醒者に狙われなきゃいけない。なんで。どうしてだ。なんで俺は逃げてる?
覚醒者ってだけで仕事を失った。居場所を失った。幸福な人生を失った。俺は同じような人が生まれないようにしたいだけなのに。それなのになんで、同じ苦しみを味わっているはずの
階段を下り切って、地面を走る。その時だった。何かが目の前に降ってきた。
「信頼されてるみたいですね」
小柄の女だ。俺は腰を抜かした。
「たまにいるんですよね。実力はないのにカリスマ性がある人。」喋りなが俺に近寄ってくる。反射的に体が後ろに追いやられる。「あ、悪口じゃありませんよ。立派な才能だと思います」
だがすぐに追いつかれて、首筋に短剣をつきつけられた。呼吸が苦しくなる。
「何人殺したんです?」
「へ?」
「だから、何人殺したんですか?」
顔をこっちにグッと近づけてそう言った。まるで、ガキが大人に子供の作り方を聞く時のような、無垢な表情だった。その瞳に、皺だらけになった俺の顔が映る。
なんだ、こいつは。思考が急激に冷え固まっていった。
「誰も殺してねえ」
「え、本当に?」
「本当だ。俺たちの復讐はそんなんじゃねえ」
「へえ、そうなんですね」
女は心底驚いて、感心したような顔になった。
少し、仕掛けてみるか。
「お前たちはなんで無覚醒の味方をする。俺たちは同じ覚醒者なのに」
「手荒なことするからじゃ」
「法律が許さないってか? じゃあ法律は、俺たちを無覚醒から守ってくれるのか」
「うーん」
「俺たちはこうするしかなかった。普通の生活が許されないんだよ。お前らだってそうだろ!」
「いや、その……」
言葉に詰まってる。いけるかもしれない。
「お前は何のために特務部隊に入ったんだ」
「え、私ですか? 人を助けるためです」
いける。こう言う奴なら、この矛盾に必ず迷う。
「お前は俺たちを助けてくれないのか。無覚醒に差別され迫害される俺たちを」
「あー……、なるほど」
よし、悩め。悩んで迷って、俺の言葉に心の耳を傾けろ。
「まあでも、ダメですね。貴方たちは助けません」
女は三秒もしないうちに結論を出した。夕飯に何が食べたいかを尋ねられたかのような顔だった。
「ど、どうしてだ。俺たちが悪いと決めつける理由がどこに」
いや、こういう何も考えてなさそうな奴が、この矛盾に覚悟を決めているなんて考えづらい。これは意地だ。俺の言葉で自身が迷っていることを受け入れられないが故の発言だ。
「だって……」
乾いた風が、女と俺の間を吹き抜けていった。
「……じゃないですか」
当たり前のように、そう口にした。
頭から体内が真っ白になって、何の音もしなくなって、女の瞳の中にあるそのセリフを見た。
やがて一つの感情が、俺の中にじわじわと姿を表した。
「何言ってんだ、お前……」
怒りだった。
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