7-4 鏡が嫌い

* ハニエル・コンテスティ



「ユリア、追える?」


 シマザキ分隊長は言いながら、手のひらサイズの氷塊を生成した。


「了解!」


 彼はそれを、男が逃げた方向にむかって投げた。氷塊はユリアの行手を阻む組織メンバーの近くに到達し、その瞬間に大きく爆ぜて飛び散った。

 その威力は覚醒者を倒すには至らなくても、一瞬だけ道をこじ開けるには十分だった。

 ユリアはその隙間を圧倒的速さですり抜ける。アレから逃げようとしているさっきの男が哀れに思えた。

 組織メンバーがユリアを追おうとしたが、ユリアが通り過ぎた地点に巨大な氷が出現して、止まらざるを得なくなった。全員が分隊長と私に敵意を向けた。

 正直、私はいないものとして考えてほしい。今の実力だと、この状況でこの人の役に立てるとは思えない。

 分隊長は天井に刺さった剣を呑気に引き抜きながら言う。


「ハル。せっかくだから俺の異能を見せてあげよう」


 その言葉に驚いた。分隊長が進んで自分の力を見せるなんてことは今までなかった。そして歓喜した。


「……ぜひ、お願いします」


 私はこの人に初めて会った時からついさっきまで、この人の覚醒能力は氷の異能なのだと思っていた。でもさっき起こした電撃は明らかに何らかの覚醒能力だった。

 見てみたい。近接のみのというハンデがない、この人の本当の力。

 対峙している敵は十人弱。全員が一斉に、分隊長に向けた腕か、あるいは剣を光らせた。宙に浮かぶ岩石、一点に集う砂、放たれる光線、その他全てが彼に襲いかかった。

 シマザキ隊長はそれに構うことなく、開いた手にほんの僅かな光を宿し、それを敵に向けた。

 その瞬間、彼を除いた全ての光が消え去った。


「俺の異能は”拝借”。簡単に言えばコピー能力なんだけど、コピーした相手を弱体化させることもできる」


 岩石は敵陣で自由落下し、砂は崩れて地面に広がり、光は空中に霧散した。


「なんだと……」「クソっ、異能が使えない」

「これくらいの練度差でこの程度の人数なら、頑張れば無力化できる」


 私はただ驚いて眺めていることしかできなかった。この程度と言うが、無効化専門の覚醒者ですらこの人数は厳しいのではないか。

 雄叫びが上がった。

 何人かが剣を手に持って襲いかかってきた。覚醒能力が使えないなら肉体で。と思うのは当然だろう。


「ま、今回はハルのだけ使おうか」


 分隊長は腕をくるりと捻り、手のひらを振り上げた。

 私たちと敵集団の間に、巨大な氷の壁が地面から突き出した。一瞬の出来事だ。凄すぎる。


「異能は精神の力で、イメージの力だ。イメージを鮮明にすれば発動が簡単になって、より高度なこともできるようになる」分隊長は氷の向こうにいる敵を眺めながら続ける。「つまり異能の発動は、絵を描くようなものなんだよ。外理エネルギーというインクを線にして、形にする」


 彼はもう一度、その手を前に突き出した。一度深く息を吸い、吐く。

 氷の壁が、炎をあげて燃え出した。

 巨大な氷の塊がみるみるうちに溶けて小さくなっていく。水が地面に広がって私の靴に触れた。

 それでも炎は衰えない。氷が、燃えている。


「何度も絵を描けば練度は上がる。けどね、イメージがなければ絵は描けない。描けると思っていなければ、発動しないんだ」


 氷がどんどん小さくなって、その向こうに組織メンバーの姿が確認できた。全員が怯えた様子で壁に引っ付いている。

 やがて氷が溶けきって無くなると、衰えずに立ち上っていた大きな炎が一気にかき消えた。地面の水が沸騰するような様子は一切なくて、常温の水が部屋中に広がっていた。

 分隊長が剣を握り直して、その剣先を水につけた。

 彼は敵に向けて、片手で軽く会釈した。彼らはポカンとしたが、すぐに何かに気づいて、顔を真っ青に染めた。わざわざ氷を燃やした答えがそこにあった。

 微かな光。


 バチンッ


 破裂音にも似た大きな音をたて、閃光が飛び散った。

 組織メンバーが次々と白目を剥いて倒れ、衝撃で水が跳ねる。私はなんともない。水の上にいたのに。当然ながら分隊長本人も無傷だ。


「ハル。最強の自分を描くんだ。実現するしないの問題じゃない」


 分隊長は言いながら剣を納め、私の方を見た。


「今の君は、絵を書こうとすらしていない。うまくなる以前の問題だ。最強になろう、最強に」

「最強の、自分」

「そ」


 強くなるつもりはあります。とは、言わなかった。わかっている。私は無意識に、自分に見切りをつけているのだ。ものすごい自分を描こうとしても、自分自身にそれを阻まれる。それが今の私にある”結果”なのだ。


「どうしたら、それをイメージできますか」


 質問を返す。多分、そこが最も重要だ。

 でも分隊長は背を向けて、ユリアが抜けていった方向に歩き始めた。


「それは、申し訳ないけど、俺にはわからない」


 当たり前じゃないか、と自分を叱った。分隊長が与えてくれたのは答えじゃない。ゴール。それも、分隊長の中でのゴールで、私が手に取ればそれはヒントにしかならない。

 今回も、私は何もできなかった。偶然でも他人のせいでもない。それが私の今だ。だから、自分を倒すことに全力になるしかない。

 あの子は、他人じゃない。私を写す鏡。嫉妬して落ち込むなんて怠惰はできない。止まっていたら、私は私に置いていかれる。走り続けるしかない。倒し続けるしかない。そうじゃないと、本当の意味であの子に並ぶことなんてできない。

 分隊長の背中を追いかけた。

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