7-2 怒り
* グレッグ・ジョイス
倉庫の裏口から外へ出て、無線機を取り出した。中の空気は最悪すぎて参ってしまう。
『グレッグか』
「よおリーダーさん。全員集まったぞ、どうする」
『よし、そのまま待ってろ。デュークさんからの連絡がまだ来てねえんだ』
「すぐに動いた方がいい。碧選軍が来る」
『いや、見つからねえさ。絶対にな』
「本当なのか」
『とにかく、少し我慢してくれ。もう直に連絡が入るさ』
「はあ……。了解だ」
無線を切って、倉庫に戻る。むさ苦しい湿気が全身を包み、すぐに逃げ出したくなったが致し方ない。
最初よりもだいぶ賑やかになっていた。こいつら全員が俺たちの仲間になると思っても、実感が湧かない。こいつらは組織として無覚醒を潰そうとしてる以上、ある程度頭が使える奴らだが、脱獄した直後である今は流石にハイになってるようだ。攫ってきた女職員にお盛んになっている。集団の士気が上がるから別に構わないが、好き好んで見たい絵面じゃあない。
それにしても、デュークって一体誰なんだ。あのリーダーもわかっていないのではないかという気がしている。気楽でいいだろうと思って下についたはいいが、無能なんじゃないかと今さら不安になってきた。
* ルシア・エクエシス
「ここだな」
そう呟くフォルマン隊長の顔と声質は、新しい激辛グルメのお店に挑戦する時とあんまり変わらない。
倉庫は煉瓦造りの古めかしいやつみたい。長方形の短辺が正面になっていて、大きな木の扉がこっちを向いてる。隣の倉庫との間隔は、図面通り十メートルちょっとくらい。
フォルマン隊長が振り返って、私とイロハを見た。それから一つ、頷いた。その目が、ほんの少しの光を放つ。
直後、私の頭の中にいろんな情報が流れ込んできた。自分を含めて四つの視界と思考が、頭の中で勢いよく混ざり合う。
イロハが顔をしかめながら額のあたりをおさえた。そうそう、最初は困惑するし頭痛くなるんだよね。でも慣れるとクセになるから不思議。
情報の雪崩みたいなのが収まると、頭の中に声が浮かんだ。
(
それは声というよりは台詞。文字を頭の内壁に貼り付けられたみたいな感覚だ。
(大丈夫です)
(問題ありません)
(少し痛みますが、いけます)
いつもやってる確認を終わらせてから、サフィちゃんの声がもう一度。
(隊長、配置完了です)
サフィちゃんの視点を介して、スコープ越しの景色が頭に浮かんだ。倉庫側面にある開いたドアから、ベージュ色の囚人服を着た複数人の男が、薄暗い闇の中に微かに見える。武器は持っていないようだけど、ピリついた空気なのが見て取れた。どうやらアタリだったみたいだ。
サフィちゃんの視線が、大扉と反対の壁際に映る。
(……任務対象外の女性です)
服を脱がされた女性が何人か、地面に這いつくばっているのが見えた。
下劣だ。
燻っていた怒りが強烈な熱を帯びて全身に広がった。
(チッ……腐れ野郎共が。全員留意しろ。イロハ君は特に攻撃範囲に気をつけるんだ)
(……了解)
(行くぞ。ルシア)
(はい)
私が大きな扉の前に立つと、隊長とイロハは何も言わずとも距離を取った。
扉を吹き飛ばしたら、十人くらいは下敷きになった。
残りは二十人くらいか。殺気だった目でこっちを見た。
「特務部隊だ!」
叫び声の後、魔力剣とか炎とか
攻撃までが遅い。
片足を一歩踏み出して、拳を大きく振りかぶり、怒りと共に空中に打ち込んだ。
一塊になった風圧が濁流になって敵を襲い、炎は霧散して、ナイフその他は地面に転がった。
唖然とする男たち。
(ルシア、いつも通りだ)
(了解)
異能を足にこめて、集団のど真ん中に向かって駆け出す。同時にイロハの魔力剣の群れが頭上を通過していって、敵の誰かが大きな防御魔法を張ったけど容易く貫通し、奥の方で血が飛び散った。
おかげで前にいたやつが少し後ろを意識した。
全力でぶん殴る。後ろにいた何人かを巻き込んで吹き飛んだ。
敵が二人飛び出してきて、腕を光らせて私を挟み込む。けど、やっぱり遅い。
私は無視して、別の怯んでる奴を殴った。一人は隊長が斬り倒し、もう一人はレンガをぶち抜いて飛んできた弾丸に撃ち抜かれた。
私が目についた敵をどんどん殴って、隊長は何人か斬りながら、サフィちゃんと一緒に私をフォロー。遠距離攻撃を仕掛けようとした奴はイロハとサフィちゃんが潰し、イロハの魔力剣で範囲攻撃を浴びせ続ける。
覚醒能力は強力だからこそ、集団で密着していると途端に扱いづらくなる。
寄せ集めの集団は、隊長の作戦通り、私たちが持つ連携という武器だけで充分だった。
最後の一人がサフィちゃんの死角のない弾丸に撃ち抜かれた。
生きてるのは半分くらいか。
分隊長はため息をつきながら、イロハは周りを見渡しながら、それぞれ剣を鞘に収めた。
私は奥の壁にいる、三人の女性の元へ近寄った。制服のようなものが落ちている。看守とか、事務員とかだろう。
私を見る目は小刻みに震えていて、明らかな恐怖が見て取れた。
「もう、大丈夫ですから」
言葉をかけながら、制服のジャケットを脱いで、一人に羽織らせた。
「イロハ、ちょっと上着貸して」
「お、おう」
イロハが気まずそうな顔で、脱いだジャケットを投げた。着せる役も彼にやらせるのは流石に酷だなと思った。
「アタリだと思ったが、ハズレだな。囚人じゃないのはそいつだけだ」
隊長が脱いだ上着を最後の一人に着せながら言い、私の近くで蠢く若い男を指さした。この男だけ囚人服を着ていない。
私はその三下の首根っこを片手で掴んで持ち上げた。相手の方が背が高いから足がついているけど、抵抗する意思も力もないようだった。
「指示したのは誰」
私がそう言うと、男は苦しそうに答えた。
「……俺の安全を保証してくれるんなら、話してやっても、いい」
もう片方の拳が自動的に締まっていって、震えた。
「こんな事しといてよくも」
「ルシア。落ち着いて」
肩に手が乗った。サフィちゃんだった。
分隊長の異能が切れてないのに、合流したことに気がつかなかった。
「……ごめんなさい」
手を離した。ボトリと音がした。
今尋問をするのは、私の役目じゃない。
少し頭を冷やそうと思って振り向く。サフィちゃんが合流したことによって、分隊長が異能を解除した。少し歩く。頭から情報が抜けていくと同時に、体の温度が少しずつ下がっていく。
ふと、イロハと目があった。彼は呆けた表情で私の顔を眺めていた。
「ごめんイロハ。びっくりしたよね」
彼は私の言葉に一瞬遅れて気づき、呆けたままの顔を横に振った。
「いや、なんか感動してさ」
「感動? 何に感動したの?」
「ルシアが怒ってるのを見て……かんどう……あれ、何言ってんだろ俺」
首を捻って考えてみても、よくわからない。
イロハも困ったように頭を掻いている。
「ふーん、変なの」
彼の言葉と顔が、少しだけ可笑しかった。
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