8-1 異なる地
* セン
砂と乾いた風の匂い。暴力的なまでの日差し。
アーベントに来るのはしばらくぶりか。久々に巻いた防塵布が煩わしい。
開け放たれた重厚な扉を、何人もの屈強な人間が行き来している。
帝国ギルド本部。ここは相変わらずうるさいくらいに賑やかだ。向かいの酒場はまだ昼間だってのに繁盛していやがる。
入り口をくぐると、ギルドマスターはカウンターの隣で待機していた。レザーのベストに、使い古した地味なマントを巻いている。
「よお、セン」
「おう。わざわざここで待ってなくてもいいだろ」
「いいだろ別に。お前に会うのが楽しみだったんだよ」
ジルは笑顔で言った。相変わらず、歳に似合わない好青年の印象が抜けない男だ。
「早速だが、応接間に来てくれ。立ち話もなんだろう」
「で、依頼内容は?」
布張りの椅子に体重を預けて言った。
私に依頼を送りつけてきたはこの男だ。
依頼主と冒険者の仲介を担う機関であるギルドの長が、自ら依頼をしてきたと言うことだ。
「まず、話さなきゃいけないことがある。これは俺の依頼だが、正確には俺の頼みじゃない」
「あー、なるほどな。誰の指示だ。帝王か。官僚か」
「両方だな」
「めんどくせえな」
間接の依頼はままある。トレース・マグナ制度のせいで大きな組織に加担することを禁じられている私に、なんとか依頼を出すための姑息な手段だ。なにか間違えれば私も罰せらることになるのがクソだ。
「だから俺からも依頼じゃなく、お願いという形で話そうと思う」
「報酬は無しってわけか」
「すまんな。何杯か奢るから」
「いい。別に構わねえよ」金が目的じゃねえからな「それで内容は」
ジルは立ち上がり、部屋の奥にある机に歩み寄る。
「最近、魔物の力が増しているのは知ってるよな」
「ああ」
「その原因の調査だ」
その上に置いてあった一枚の紙切れが、目の前に差し出された。手にとって眺める。
「それはつい最近確認された唯一個体だ。ついでと言ってはなんだが、そいつも任せる。調査の足しになるはずだ」
「グラヴィティドラゴン……最上級指定か。私が来たタイミングでよかったな」
「ほんとにな」
ドラゴン種の唯一個体と来れば、依頼がなくともトレース・マグナとしての業務の範囲になりうる。
「それはまだわかるが、調査を私がやる意味はないだろ。国の調査員はどうした」
ジルは向かいの席にゆっくりと腰掛けて言う。
「お手上げみたいだ」
「は? アーベントの調査力でだめだってのかよ。なら尚更私には」
「多分お前の経歴を買われてる」
一瞬、言葉が喉の奥に引っ込んだ。
依頼書がグシャリと音を立てた。
「チッ……人の人生を散々振り回しやがったくせにムカつくな」
「まあそう怒るな。俺はお前が適任だと思うぞ。裏の世界に精通してて、世界中の事情にも詳しいのはお前くらいだ」
裏の世界に精通
「その言葉、あいつらが言ってたらぶん殴ってるとこだ」
「実際に言われても殴るなよ」
睨みに睨みを返される。
目を逸らして、背もたれに体を預けた。こいつに対して怒る理由がないのは事実だ。
「それにしても、この場で俺に掴みかからないあたり、お前も成長したよな」
「うるせえな。異能の使用頻度を抑えたんだから当然だろ」
私がそう言うと、ジルはこちらに微笑みかけた。ヤシロの奴もたまにこの目を私に向ける。いまだに慣れない類の目線だ。
「お前自身が変化したのもあるだろうさ」
「は、どうだかな」立ち上がって出口に向かう「ドラゴンの死体は好きにしていいのか?」
「ダメに決まってんだろ。ただ、気をつけているとはいえ、少し欠損部位があっても気づかないかもな。気をつけているとはいえ、な」
ジルはニヤリと笑う。
「そりゃ大変だな。じゃ、何かわかったらまた来る」
「あ、待てセン。お前の縁談の件がまだ」
扉を閉めた。
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