第49話 せいじょはもう、がまんできない

「え……? ちょっと待てよ、ゆう。これって何かの冗談とか、ドッキリとか……」


「私にこんな恥ずかしい格好をさせておいて、冗談で済ます気? 怒るわよ?」




 いや。

 そのベビードールは、俺が着せたわけじゃないし。


 頭が上手く回らない。


 男女の交わりとか夜のいとなみって、つまりはそういうことだよな?


 それは色々マズいだろう。


 俺達はまだ、高校1年生なんだ。

 15歳でそんな……。


 あ……。

 俺達は異世界で3年間過ごしたから、精神年齢は18歳か。


 18歳っていえば、成人だよな?


 いやいや。

 肉体はまだ、15だし。


 高校生の身分でそんな真似をしたら、両親からものすごく怒られて……。


 あれ?


 ひじり夫妻もウチの母さんも、全然OKな雰囲気じゃなかったか?


 「避妊はしっかりしろ」とか、言うぐらいだし。


 ならば……。

 いいのか?


 このまま優子と結ばれてしまっても、何も問題はないのか?




 シたいかシたくないかと問われれば、ものすごくシたい。


 俺は健全な男子高校生なんだよ。


 しかも相手は、幼稚園の頃からずっと片思いしてきた女の子だぞ?


 そりゃもう、欲望を抑えるのは無理ってもんだろ?


 だけど……。




「ダメだ、優子。力の封印を解くためだからって、こんな真似をしちゃ。もっと自分を、大切にしろよ」


 血の涙を流すような気持ちで、俺は優子の肩を押し返した。


 こういうのは、愛し合う男女がするもんだ。


 緊急時とはいえ、愛がないのにするもんじゃない。


 俺の方は、優子のこと大好きだけどな。

 異性として、愛している。


 だけど優子からは、友情以上の感情を向けられていないはずだ。

 今はまだ、俺の片想いなんだ。


 優子に異性として意識してもらえる自信がついたら、きちんと告白しよう。


 ちゃんとした恋人同士になって、お互い責任の取れる大人になってから結ばれるべきだ。




「うっく……。ぐぅ……。そんな……。私、頑張ったのに……。やっぱりダメなの? 私がおっぱい小さいから?」


 突然優子の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。


 えっ!?

 何で!?


 どうして泣くんだ!?




「い……いや。優子は凄く魅力的だよ。だけどほら。そういうのは好きな男ができた時のために、大事に取っておかないと……」


「忍のバカぁ~! 無神経王子~! おっぱい星人~!」


 優子はわんわんと大声を上げ、号泣し始めた。


 これは嘘泣きじゃない。

 本気で泣いている。




「……ん? 俺がおっぱい星人だと?」


「グスッ! そうよ! あなたもけんせいと同じで、『大きさこそ正義』とか思ってるんでしょ! だから私は、胸を大きくしたかった! そのために毎日毎日、お腹がタプタプになるまで牛乳を飲んで……。バストアップ体操も、欠かさずやって……」


「いや。俺は大きさが全てだとは、思ってないけど」


「嘘よ! 中学の時、放課後の教室で憲正と話していたのを聞いたわ。憲正が『胸は巨乳に限るよね』って力説したのに対して、忍は『ああ、そうだな』って……」


「そりゃ親友の性癖を否定したら、可哀想だろ? 話を合わせてやっただけだよ。俺は大きさよりも、形にこだわる。……って、何を言わせるんだよ!」


 ドン引きされるかと思いきや、優子の涙が止まった。




「え……? 忍って、胸の小さな女の子でもいいの? あれだけモテモテなのに誰とも付き合わないのは、スーパーグラマーな子を探して選り好みしているんだと……」


「誰がモテモテだよ。背の低い男なんて、女の子からは相手にされないんだぜ?」


「何を言ってるのよ! 身長なんて、関係ないわ!」


「俺も胸の大きさなんて、関係ないと思うぜ」




 俺達は顔を見合わせ、しばらく沈黙する。


 そして、噴き出してしまった。




「そっかぁ~。忍はそんなに、身長のことを気にしていたのかぁ~」


「まあな。俺も意外だったよ。優子が胸のサイズに、コンプレックスを持っているなんて」


「だってさ。忍ったら全然私になびかないんだもん。こんなに好きだって、アピールしてるのにさ。胸の小さい子は、眼中にないんだと思ってた」


「そんなわけあるか。俺は幼稚園の頃からずっと、聖優子に首ったけだよ」




『……え!?』




 お互い声をハモらせて、驚いてしまった。


 しまった!


 つい話の流れで、優子への想いを漏らしてしまった!


 これじゃ、告白したのと同じじゃないか。




 いや。

 それよりも優子だ。


 好きだってアピールしていた?


 それってつまり……。




「わ……私達、両想いだったってこと!?」


「う……嘘だろ? なんで優子が、俺なんかを……」


「またそういう、無自覚王子ムーブを……。忍はものすごくカッコイイよ。マウンドに登っている時もそうだし、異世界で【忍者】として私を守ってくれていた時もそう」




 再び優子が、顔を近づけてきていた。


 薄暗い部屋でも、頬がバラ色に染まっているのがわかる。




くまかどに合格するために、受験勉強を頑張っていた姿も。主将キャプテンとして、部員1人1人を気にかけていた姿も。私がひどいこと言われた時、しょう監督に対して怒ってくれた姿も……。いつだって忍は、とてもカッコ良かった。私の憧れだった」


「お……俺だって。俺から見た聖優子は、いつだって……むぐっ!」


 聖優子の最高なところを語ろうとしたら、口を塞がれてしまった。




 優子のやわらかい唇で。




 長く長く唇を重ねた後、ようやく解放される。




「ぷはぁっ! 忍! 私のことが好きだっていうなら、言葉じゃなくて行動で示してよ。もっと私に触れて! もっと愛して!」


「ゆ……優子。お前……」


「私だって、健全な女子高生なんだもん! 欲望を抑えるのは、無理ってもんよ!」


「じょ……女子高生がそんなに……その……欲望を持て余すなんて話、聞いたことが……。男の性欲と女の性欲は、違うだろ?」


「うるさい! 決めつけるな! そんなの男女差別だ! 大人しく、私と【交合魔力循環】しなさい! ……大丈夫、ちゃんと気持ちよくしてあげるから。プリメーラからは色々教わってるし、漫画本いっぱい読んで勉強したし」


「それ、男の方がよく言うやつなんじゃねえの? しかも下手クソな男が」


「問答無用! ……ねえ忍。私と賭けをしたこと、憶えているかしら? 将野監督と、ハンディキャップマッチをした日よ。夕暮れの帰り道で、私は何て言ったかしら?」




 思い出した。

 優子はこう言ったんだ。




『賭けてもいいわ。スキルとかレベルがなくなっても、忍は勝てるピッチャーよ。くに学院打線が相手だって、完封しちゃうんだから』




 そして、何を賭けたのかといえば……。






「大人しく、あなたの童貞を私に捧げなさい」




 その夜、俺は「せいじょ」に捕食された。





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