第35話 みんな夢を見ていた。俺も夢を見ていた

 全国高等学校野球選手権大会。

 夏の甲子園、県大会2回戦。




 俺達の相手は、私立みなふち学園。


 とんでもないお金持ち校だ。


 経営母体は国際的な人材派遣会社を持っていて、世界中に人材の情報網を張り巡らせている。


 有望なアスリートとかも、幼少期から目を付けて育成。

 将来はプロチームへと斡旋する。


 そんな経営母体を持つ皆渕学園の野球部は、外人部隊だ。


 あらゆる人種、出身国の身体能力フィジカルモンスターどもが、傭兵として世界中から集められている。




 ただなぁ……。

 こいつら身体能力は高いし個人技も上手いけど、野球が雑なんだよなぁ……。


 チームの勝利より、個人の成績を残すことばかり考えている。


 バントは絶対にやりたがらないし、守備のバックアップもいい加減。


 俺も極端にチームへの滅私奉公を求めるのは好きじゃないけど、自分勝手にプレーするのもなんか違う気がする。


 それでは試合に勝てないからだ。

 勝てなきゃ面白くないのがスポーツ。


 特に高校野球は、1発勝負のトーナメント戦。

 負ければそこで終わりだ。


 チームいちがんとなってどんよくに勝利を目指す、日本の高校野球を舐めるなよ?




 攻撃的な走塁の機動力野球で、皆渕学園を粉砕。


 16-4で、また5回コールドだ。


 6点差がついた状態から盗塁した俺を、皆渕学園の連中は激しく罵ってきた。


 点差の開いた状態から勝ってる方が盗塁するのは、マナー違反だという考え方だ。


 そんな不文律、知るか。

 俺らがやってるのは、高校野球だぜ?

 6点差ぐらい、一瞬でひっくり返ることがある。

 メジャーリーグや、日本プロ野球と一緒にすんな。




 ピッチングの面では、また優子から変わったスタイルで勝てと要求された。


 話題になりそうなスタイルなら、自分で好きなのを選んでいいとのこと。


 なので、左の下手投げサブマリンを選択した。


 せいがくしゃのエース、ふかてっしんさんを真似てみたんだ。


 あの人のピッチング、カッコイイと思う。

 尊敬リスペクトしている。


 真似してみたら、けっこう打たれてしまった。


 コールド勝ちしたからいいけど、4点も取られるとはなぁ。


 【とうてき】スキルの効果で、低いフォームも遅い球で勝負するスタイルも完全再現したつもりだったのに。

 やっぱり本家の鉄心さんとは、何かが違う。


 ボールに魂が乗っていないというか、なんというか……。


 やっぱり鉄心さんは、凄いピッチャーだな。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 3回戦。


 県立水産高校との戦い。


 伊賀海栗水産は、公立の強豪校。

 甲子園出場回数も多い。


 チクチクと安打ヒットを連発する、マシンガン打線で有名だ。


 俺は右のスリークォーターから、ひたすらカーブを投げ続けた。


 大きく縦に割れるカーブ。


 横にも曲がるカーブ。


 超スローカーブから、球速が速く変化も鋭いナックルカーブ。


 スライダーに近いカーブ――スラーブまで色々投げ分けた。


 ストレートは1球も混ぜなかった。


 伊賀海栗水産の打者は、誰もバットに当てられない。


 一方のくまかど打線は、ポコポコとヒットを打ち続けた。


 どっちがマシンガン打線だか、わからないぜ。




 15-0で、またまた5回コールド。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 4回戦。

 対するは私立リスコル学院。


 ここは不思議なチームだった。


 宗教系の学校で、選手達は試合中やたら神に祈る。


 なんでも、愛と筋肉の女神を信仰しているんだとか。


 祈りで試合に勝てたら、苦労はしない。




 ところが神のイタズラとしか思えない現象が、試合中に頻発した。


 飛球フライを完璧に捕球した、右翼手ライトどうのグラブ紐が切れて落球。


 あいつ、昨日もちゃんとグラブの手入れしていたのに。




 間違いなくホームランだと思ったさんのみやの打球は、変な軌道で押し戻されてセンターフライになった。


 ……突風か?




 相手打者が普通に手放したバットが、生き物のように跳ねてけんせいに襲いかかったりもした。


 キャッチャーミットで叩き落として、事なきを得たけど。




 なんだなんだ?

 この流れは?


 実力では圧倒している感じなのに、不運続きで全然得点が入らない。




 逆に俺はクリーンヒットを許していないのに、いつの間にか2失点していた。


 全球クイックモーションで投げる超コンパクトな左サイドスローに、相手打線は全然対応できていないのに……。


 打ち損じが妙な位置に落ちたりだとか、ゴロが謎のイレギュラーバウンドをして野手が取り損ねたりとか。




 嫌な雰囲気だ。




 どうしたもんかと、優子監督に相談しようとした。


 見れば【聖女】様は、一心不乱に祈り続けている。

 ひたいにうっすらと、汗をかいていた。


 おいおい。

 優子まで神頼みか?





「ふ~っ、何とかなったわ。慈愛と安息の女神ミラディース様が、愛と筋肉の女神リスコルの力を押さえ込んで下さるって」


 な……なんだってえ!?

 今までの不運は、本当に女神リスコルの仕業!?

 

 俺らの預かり知らぬところで、神々の戦いが繰り広げられてるっていうのか!?


 女神様が、野球の試合なんかに関与していたとは……。


 神様って暇なの?

 それとも野球狂なの?




 優子がミラディース様に祈りを捧げて以降、怪現象のたぐいはピタリと収まった。


 12点取って、リスコル学院に完勝。

 お決まりの5回コールド。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 準決勝を翌日に控えた夕方。

 俺は校長室に呼び出されていた。


 校長直々に、激励をしたいらしい。




「いや~! 凄いねはっとりくん! ここまでの4試合、全てコールド勝ちなんて大したもんだ! 甲子園常連校である、伊賀海栗水産にまで勝つなんて」


「校長先生をはじめとする、みなさんからのご支援と応援があったからですよ」


「いやいやいや。今まで野球部には充分な支援ができずに、申しわけなかったと思っているよ。準決勝からは夏休みだし、大規模な応援団を編成している。ワタシも応援に行くよ」


「ありがとうございます。精一杯、頑張ります」




 ニコニコと笑う校長先生に見送られて、俺は校長室を出た。




 舞い上がってるな、校長。


 いい歳こいて……なんてことは思わない。


 やっぱり野球は、年齢を問わず色んな人に夢を見させることができるんだ。

 野球って凄い。




 部室に向かう途中、廊下で多くの生徒達が声をかけてきた。


 知らない生徒ばかりなのに、「頑張れよ!」、「応援してるからな!」と言ってくれる。


 校長と同じで、みんな興奮していた。

 夢を見ていた。

 野球部に期待していた。


 そのことが、俺にもたまらなく嬉しい。




 準決勝の相手は、私立くに学院。


 今度こそ、すめらぎおうを打ち倒す。


 あいつは今大会で、背番号1エースナンバーを背負っていた。


 しかも打順は4番。

 3試合で6本塁打、打率7割。


 怪物1年生だと、新聞にも大きく載っている。


 それでこそ、倒しがいがあるってもんだ。




 闘志を燃やしながら部室に近づいた時、部室棟の裏から声が聞こえた。






「優子……。僕は愛しているんだよ……」




 ……え?


 今のは、憲正の声?





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