第53話 あなたは夏の幻

 7回表。




 ここまで続いていた、ふかてっしんさんのパーフェクトピッチング。


 それを途絶えさせたのは、俺だ。


 ジャイロボールが打ちにくいのは減速が少なく、途中で加速するように錯覚してしまうから。


 そこで俺は、キャッチャー側に飛び退きながらスイングするという変則的な打法を試した。


 こうなるとジャイロボールも、加速しては見えない。

 ちょっと落ちるだけの普通の球だ。


 全然力が伝わらない打ち方だから、普通なら安打ヒットにならない。


 後ろに飛び退いてしまうから、一塁までのスタートも遅れる。


 だけど俺は、【忍者】だからな。

 足で無理矢理、内野安打にしてやる。


 復活した【韋駄天】スキルの恩恵も受け、なんとか一塁はセーフになった。




 この試合初めての走者ランナーに、球場内のボルテージが高まる。




 よーし。

 塁上から、2番打者のけんせいを援護するぞ。


 大きくリードを取って、鉄心さんを揺さぶってやる。

 バッターに集中させない。


 下手投げサブマリン投手は、牽制球を投げにくいはず。




 なんてことを思っていたら、スナイパーライフルみたいな牽制球がきた。


 恐ろしくモーションの速い、横手投げサイドスローからだ。


 慌てて帰塁し、紙一重のタイミングでアウトを逃れる。




 ……ですよね。

 下手投げアンダースローの投手でも、牽制はサイドからが普通ですもんね。


 それに鉄心さんは、魔人へと改造される前は速い球を投げられなかったんだ。


 軟投派は牽制上手くないと、ランナーに走られまくってしまうからな。

 あの人が、対策していないはずがなかった。




 こうなったら、憲正に打ってもらうしかない。




 塁上から期待を向けていると、憲正の眼鏡が光った。




 全てを切り裂くスイング。


 耳をつんざく金属音。


 流星みたいな打球が飛ぶ。




 だけど――




 ビッグプレーだ。


 聖魔学舎の三塁手サードが、大きく飛びついてアウトにした。


 敵味方関係なく、皆が歓声を上げる。


 俺も思わず、「すげ……」と声を漏らしてしまった。


 凡退した憲正も、「あれをアウトにするんじゃ仕方ない」って表情でベンチに戻る。


 だよな~。

 あれは捕った方を、褒めるしかないよな~。




 これでもう延長まで、俺と憲正の打席が回ってくることはないだろう。


 みんなには悪いけど、俺らスキル持ち以外が打てるとは思えない。


 それぐらい、今の鉄心さんは反則的チート過ぎる。


 こうなりゃ延長で、なんとか点を取るしかない。




 そう覚悟を決めた時だった。




『えっ?』




 俺も、隣にいたせいがくしゃの一塁手も、一塁ベースコーチに入っていたどうも、みんなで声を揃えて驚いてしまった。




 白球が、高く高く舞い上がる。




 そしてそのまま、球場外へ消えた。




 視線をグラウンドに下ろすと、淡々と一塁に走ってくる男がいる。


 五里川原だ。


 ワンテンポ遅れて、大歓声が巻き起こった。




「ご……五里川原! お前!」


「言ったろ? 点を取るのが、クリーンナップの仕事だとな。さあ忍兄貴、早く走ってくれ。ホームランでも、前のランナーを追い越すとアウトになってしまう」


 この野郎!

 とんでもない大仕事をやってのけたのに、平然としやがって。


 やっぱり硬派だ。


 スキルやレベルを封じられていても、五里川原は強打者スラッガーだった。


 改造されて、魔人になった鉄心さんが相手だっていうのに。


 地球人が元々秘めている可能性ポテンシャルっていうのは、俺が考えているよりずっと凄いものなのかもしれない。


 異世界の不思議パワーがなくても、人類はまだまだ先まで行ける。




 両チーム通しての初得点は、まさかの場外ツーラン。




 打たれた鉄心さんは、相変わらずの無表情だった。


 この人、機械か何かか?


 全然心が折れていない。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 試合後半。

 俺はフォーム切り替えを混ぜ始めた。


 上手投げオーバースロー横手投げサイドスロー下手投げアンダースロー、スリークォーターを投げ分けて、聖魔学舎打線をかくらんする。


 右で投げた方が有利そうな打者には、右投げで攻めた。


 使える武器は、全部使うぜ。




 なりふり構わずアウトを取りまくり、ついに9回裏がやってきた。


 点差は依然、2-0。

 俺達くまかどがリードしている。




「ストライクスリー!」




 聖魔学舎の8番打者を、対角線投法クロスファイヤーで三振に仕留めた。


 これでツーアウト。


 あと1人。




 勝てば甲子園へ行けるとか、負ければ優子が魔神サキの配下にされてしまうとか、そういうことはあまり頭になかった。




 あと1人で、この最高な時間が終わってしまう。




 俺の胸に押し寄せてくるのは、寂しさだった。




 この楽しいうたげは、一瞬だけのもの。


 夏の幻だ。


 


 ずっとこの時間が、続けばいいのに。




 かつて同じことを言ってきた憲正に、「時間は限られている」と答えたのは俺だ。


 そうだよな。


 時間が限られているからこそ、俺達高校球児は全力なんだ。


 命を燃やして、一瞬一瞬を駆け抜ける。


 その姿に、人々は魅了される。


 戦う俺達も、熱くなる。




 左打席に、9番打者の鉄心さんが入った。


 この人をアウトにできれば、試合終了だ。




 ふと、こんな思いが頭をよぎる。


 「俺はものすごく、残酷なことをしようとしているんじゃないか」と。




 鉄心さんは3年生だ。

 この試合で負ければ引退。

 高校野球が終ってしまう。


 俺は1年生だから、まだまだチャンスが残っているというのに。


 準決勝の後ですめらぎと一緒に泣いていた、火の国学院3年生捕手の姿が脳裏に浮かぶ。


 鉄心さんがどれだけ野球に打ち込んできたかは、その美しい投球フォームを見れば明らかだ。


 ハイレベルな進学校である聖魔学舎で、野球と勉強を両立するのは想像を絶する苦労があっただろう。


 その3年間の苦労を、俺は全力で打ち砕こうとしている。


 何が何でも、甲子園に行きたかったはずだ。

 あそこは夢の大舞台だからな。


 魔神サキに嬉々として改造されたことからも、必死さがうかがえる。


 その想いを、いまから俺はじゅうりんする。




 ……馬鹿なことを考えるなよ、俺。

 らしくないぜ。


 これが勝負の世界ってもんだろ。


 この場面で手心を加えるような奴は、アスリートじゃない。

 相手へも失礼だ。




 気を取り直して、打席の鉄心さんを見据える。


 ――悪く思うなよ。




 鉄面皮の鉄心さんでも、さすがにこの場面では緊張しているだろう。


 顔面蒼白になっているかもしれない。




 ……という予想は、完全に裏切られた。






「マジかよ……。ようやく表情変わったと思ったら……。やっぱりあんた、メンタルお化けだよ」




 打席の中で、鉄心さんは笑っていた。


 心から、楽しそうに。





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