第52話 チートピッチャー VS チートピッチャー

 俺、けんせいに続き、がわも凡退した。


 超スローボールで、ゴロを打たされたんだ。


 春季大会では、あれをバックスクリーンに直撃させたんだけどなぁ。


 てっしんさんが、五里川原へのリベンジを果たした形だ。


 五里川原が打てないのは、仕方ない。


 あいつは俺や憲正みたいに、【交合魔力循環】をしていないからな。

 スキルやレベルの力は、封じられたままだ。


 俺や憲正が、何とかして鉄心さんを打ち崩すしかない。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 1回の裏。

 俺がマウンドに登る。


 緊張は、あまりしていない。

 むしろ気分が高揚している。


 県大会決勝という大舞台。


 勝てば甲子園。


 投げ込む捕手キャッチャーは、幼稚園来の親友。


 守備バックは頼りになるチームメイト達。


 対戦相手は尊敬できる強いライバル。


 大観衆による応援。


 おまけにベンチからは、最高に可愛い恋人が見守ってくれているという。


 ……あれ?

 優子と俺って、恋人同士なのか?

 互いに告白したし、もう一線を越えてしまったんだけど。


 とにかく、これだけ熱いシチュエーションなんだ。


 燃えなきゃ野球選手じゃない。




 投球練習を終え、ホームベース方向に視線を向ける。


 せいがくしゃの1番は、小柄な左打者。

 選球眼がよく、出塁率も高い。

 足も速く、準決勝では忍者みたいな走塁を見せていた。


 そんなに魔人の脚力をひけらかしてると、研究所送りからの解剖コースだぜ。


 なんか他人とは思えない。

 自分を相手にしているような気分になる。




「さぁ~て、行くぜ。魔人討伐だ」




 すめらぎには、感謝しないとな。


 あいつが準決勝で169km/hなんてアホな球速を出してくれたおかげで、俺が剛速球を投げても異常だとは思われない。


 それに今の俺じゃ、音速の球は投げられない。


 せいぜいが……。




 オーロラビジョンの球速表示に、観客席が盛り上がる。




『167km/h』




 ま、これぐらいだろうな。




 空振った聖魔学舎の1番打者は、信じられないといった顔だ。


 ど真ん中のコースに見えたんだろう?

 だから思わず、バットを振ってしまった。


 実際には、高めに大きく外した釣り球だったわけだけど。


 浮き上がって見える球を投げられる投手ピッチャーは、おたくの鉄心さんだけじゃないんだよ。


 球速は皇や鉄心さんのストレートと同じぐらいだけど、バックスピン量は俺が頭ひとつ抜け出している。


 ノビる球で、空振りを奪ってやる。




 2球目もストレート。


 だだし、今度は外角低めアウトロー

 ストライクゾーンのコーナーギリギリを、ちょっとだけかすめる165km/h。


 相手打者は、手が出ない。


 わかるぜ。

 俺達小柄な打者にとって、アウトコースは打ちにくいよな。

 踏み込まないと、バットが届かないもんな。




 トドメはフロントドアの高速スライダー。

 内角ボールゾーンから、ストライクになる。


 選球眼のいい聖魔学舎の1番が、大きく仰け反った。


 死球デッドボールかと思ったのか?


 魔人のくせに、「ボールが消えた」みたいなリアクションするなよ。

 それじゃ、はつじょうと同じだぜ。




 トップバッターを3球三振。

 聖魔学舎に、1回表のお返しだ。


 


 それにしても、歓声が凄いな。


 俺が剛速球を投げたことに、みんな驚いているみたいだ。


 そりゃくに学院戦ではスキル封印されてたから速い球投げられなかったけど、160km/h台の球はこれまでに何度か……。




 ……あっ。


 俺って公式戦で剛速球投げるのは、これが初めてだわ。


 隠してたんだっけ。


 ここまでずっと球速130km/h以下だった小柄な投手が、いきなりメジャー最速クラスの球を投げ始めたら驚くのは当然か。




 今日は出し惜しみナシだ。


 球種も緩急もコースも、使えるものは全て使う。


 1人の走者ランナーも許さない。

 全打者を、三振に仕留めてやる。


 ……というのも、そういうつもりで投げないと危険なんだ。


 魔人と化した聖魔学舎の連中は、全員がとんでもない脚力。


 打ち取ったゴロでも、内野安打にしてしまう。

 そういう走塁をされると、焦りから野手のミスも増える。


 だから誰ひとり、塁上には出してやらない。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 俺は聖魔学舎の1番から8番までを、すべて三振で仕留めた。


 そして迎えた3回の裏。


 ツーアウトの場面で迎えたのは9番打者、ふかてっしん


 準決勝までずっと3番を打っていた鉄心さんを、9番に下げるとはね。


 上位打線とのつながりを考えたのか、ピッチングに専念させるためか。




 ヤバいな。


 鉄心さんは左バッターボックスで、氷のやいばみたいな殺気を放っている。


 やっぱこの人が、聖魔学舎の最強打者だ。

 長打は少なくても、打率凄まじいもんな。


 だけど1巡目なら、投手有利。


 1回の表で、俺を3球三振にしてくれた借りは返すぜ。




 シンカーを投げた。


 鉄心さんのみたいに、大きく変化するシンカーじゃない。


 ストレートに近い球速で、ちょっとだけ曲がりながら落ちる高速シンカーだ。




 濁った金属音が聞こえた。


 よし!

 詰まらせたぞ!


 これで打ち取って……。


 打ち取って……?




 ピッチャーフライを打たせたつもりだった。


 だけど打球はフラフラと飛び、捕球したのは中堅手センターの五里川原。


 ふぃ~。


 やっぱ油断ならないバッターだぜ。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 4回から鉄心さんは、これまた変態的な魔球を投げてきた。


 浮き上がる軌道で打者の手前まできて、そこから沈みながら加速する。


 なんだコレ?


 ボールが途中で加速するなんて、物理的に有り得ない。


 しかも沈みながらだなんて。


 よくよく観察してみると、変な回転をしているな。


 俺はベンチに戻った時、ボールの回転方向と変化について優子監督に報告した。




「たぶん、フォーシームジャイロね」


「ジャイロボール……。あれが……」


 ジャイロボールは、ライフル弾みたいに螺旋回転する球だ。


 空気抵抗を受けにくく、ホームベース近くまできても失速が少ない。


 んで、バックスピンの空気抵抗によって落ちにくくなるストレートとは違い、落ちながら加速するように見えるってわけか。




 憲正のバットも、ジャイロボールは捉えられない。


 きっちり厳しいコースを通すところがまた、化け物じみているな。


 コントロールしにくそうな球なのに。




 よし。


 変態的な魔球には、変態的な魔球でお返ししてやる。




 4回の裏。


 俺は聖魔学舎の上位打線を、空振りの三振に仕留めた。


 決め球に使ったのは、異常なバックスピンで浮かび上がる変化球。

 ライザーだ。


 ストレートより遅いのに、みんな面白いように空振りする。


 サキに魔改造された、魔人達でもだ。




 俺と鉄心さんは、アウトの山を積み上げていく。


 誰も塁上に出られない。


 たまにゴロを打つ選手は出るけど、一塁に到達できた奴はいない。


 アウトカウントが増える度に、球場が揺れた。


 イニングが進むごとに、観客席の熱気が増していく。


 本当に、気温も上がってきていた。


 グラウンドには、かげろうが立ち込める。






 夏が加速していく――





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