第17話 童貞王子 VS 童帝

 春季大会2回戦。




 俺達の対戦相手は、私立くに学院高等学校。


 全国各地から野球エリート達を特待生として集める、「ザ・強豪私立」といった感じの高校だ。


 野球部員は全学年合わせると、100人以上いるらしい。

 ここまでスケールでかいと、笑えるぜ。




 マウンド上で、打席の俺に背中を向けている大男がいる。


 背番号は10。


 20人も投手ピッチャーがいる火の国学院の中で、2番手ってことだ。


 さすがに背番号1エースナンバーは、もらえなかったか……。


 それでも野球エリートな先輩達を押しのけて、1年の春季大会から背番号10というのは快挙だ。


 打順も今日は、5番クリーンナップに入っている。




すめらぎめ……。あいつまた、デカくなってないか?」




 190cmの長身。

 長い手足。

 中学3年時、スピードの出にくい軟式球で150km/hオーバーを記録した剛腕。


 俺が手に入れられなかったものを、全て持っている男。


 中学の時に同じ野球部で、エースだった皇おう


 こいつさえいなければ、俺は……。


 皇がいなかったら、エースはゆうだったろう。


 それでもタイプの違う俺には、2番手として登板機会があったはずだ。


 正直言って、妬ましい存在。

 身長だけでも、わけて欲しい。




 1回の表。

 俺達くまかど高校の攻撃。


 マウンド上で振りかぶった皇は、俺に向かってお決まりの台詞を吐いた。




「ひれ伏せ」




 審判さん、これって相手への侮辱発言になりませんかね?


 審判には聞こえていなくても、【聴力強化】スキル持ちの俺には聞こえるんだよ。


 中学時代からの口癖だから、唇の動きだけでもわかる。


 お前は王様や皇帝か?




 皇帝陛下の右腕がうなる。


 自信たっぷりなフォームの上手投げオーバースロー


 耳障りなバックスピン音を響かせながら、豪速球が通過した。


 ド真ん中、ストライク。


 このコースは、失投じゃないな。

 狙ってド真ん中に投げた。


 打てるものなら打ってみろと言わんばかりの、傲慢な配球だ。


 捕手キャッチャーからのサインに何回も首振ってたし、リクエストしたのは投手側だろう。


 先輩捕手も、苦労するね。

 ワガママな1年生で。


 【鑑定魔法】によると、球速は161km/h。


 中学時代はこのストレートに加えて、チェンジアップやスプリットも投げていた。


 こりゃあ、の打線では打てんなぁ。


 ただし俺、けんせいがわを除く。




 よし!

 予定通りに行こう。


 この試合、俺は投手ピッチャーとして登板しない。


 春季大会は、ここで敗退する。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






試合結果


熊門高校 0―27 火の国学院


※5回コールド






○●○●○●○●○●○●○●○●○






「久しぶりだな、優子」




 敗戦後。

 球場外で帰りのバスを待つ俺達に、皇が近寄ってきた。


 優子は……返事をしない。




「優子。コールド負けしたからって、そんなにつれない態度をとらなくていいだろう? おれとキミの仲じゃないか」


「私がいつ、アンタに名前呼びを許可したの? 私は負けて、気が立っているの。これ以上話しかけられたら、その似合わない坊主頭をティーバッティングの練習台にしちゃうかもしれないわ」


 優子も言うなあ。

 負けたのは、全員納得の上での作戦なのに。


 俺も皇の坊主頭は、似合っていないと思う。

 中学時代は、もっとチャラい髪型だったのに。




「なあ優子、今からでも遅くない。火の国学院に、転校して来いよ。おれがキミを、甲子園へ連れて行ってやる」


「けっこうよ。アンタは甲子園の土を踏めない。これから3年の夏まで、県代表はずっと熊門よ。春夏合わせて、5回ともね」


 皇はキョトンとした後、腹を抱えて笑い出した。


「ハッハッハッ! 面白い冗談だ! 熊門ナインは、キミにそんな大それた夢を見させてくれるほどの存在かい?」


 コノヤロ。

 部員全員が聞いてる前で笑うとは、失礼な奴だ。


 シニアの有名選手だった五里川原もいるんだけど、そこはスルーか?




「そうよ。はとっても強いんだから。皇。アンタこそ、ウチに転校してきたら? 転校生が試合に出られない期間は1年間。3年の春には、間に合うわよ? あ~。アンタの頭じゃ、ウチに編入なんて無理か」


 火の国学院生の名誉のために言っておくと、進学コースの偏差値はけっこう高めだ。


 それでも、県内トップのウチに比べたらなぁ……。


 皇は野球特待生だから、体育科だろうし。

 中学時代は、そんなに成績良くなかったし。




「ふっ。そういう生意気なところも、可愛いな。いつかキミに、わからせてやる。おれがどんなに、優れたオスなのかをな。それを理解した時には優子……、おれの子を産め」


 うわぁ~。

 キモっ!


 隣で聞いてて、鳥肌立っちまった。


 この発言はもう、セクハラだろう。


 2人の間に割り込んで、皇を追い払おうかとした時だ。




 ニコニコと聖女スマイルを浮かべたまま、優子は中指を立てた。




「テメェじゃ濡れねえんだよ。この童貞野郎」




 出た。

 優子の過激発言。


 童貞とか言うなよ。

 ここにいるのは全員高校1年生なんだから、童貞なのが当たり前だ。


 ほら、みんな理不尽な童貞ディスりに傷付いて……。


 ぬ?

 小鳥遊たかなしが、全然動じていない。

 さてはあいつ、童貞じゃないな。


 五里川原は硬派だから、動じていなくても当然か。

 ……っていうかあいつ、女に興味あるのかな?

 兄貴大好きな、ブラコンマッチョだし。


 憲正は……さわやかスマイルが貼り付いてて、わからない。

 親友の俺に内緒で、卒業したりしてないよな?

 異世界で宿屋に泊まった時、深夜にこそこそと部屋から出ていくことがあったし。

 怪しい。




「童貞……か……。おれの童貞は優子、キミに捧げよう。その代わり、キミの処女をいただくよ」


 無理無理無理。

 こいつ、ないわ~。


 俺が女子だったら、訴訟している。


 ところが優子ときたら、不敵に唇の端を吊り上げた。




「おあいにく様。私の純潔って、もう捧げちゃったから」


 後頭部を、バットで殴られたような気分になった。


 なんだとー!?




 これには全員が驚いた。

 五里川原もだ。

 あれ? 憲正だけ、涼しい顔をしているな。




「ば……ばかな……。おれ以外の男に……だと……? 相手は誰なんだ!?」




 皇のうろたえっぷりが激しい。


 俺も気になる。


 耳をでっかくしていたら、優子から肩を掴まれた。

 レベル302の怪力で、皇の前へと引きずり出される。




「私の処女喪失相手、はっとりしのぶくんで~す♪」




 待て! 待て!


 そんなわけあるか!


 全く記憶にございません!


 好きな女の子と致して、憶えていないはずがないだろう!?






 なぜか熊門野球部のみんなは驚かず、「やっぱり……」なんて声まで聞こえる。


 何が「やっぱり」なんだ!?


 俺は童貞だ!





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