第10話 メイドマニアの兄を持つと、弟はこうなる

 何度も何度も頭を下げながら、文学少女は帰って行った。




「あの子、五里川原の彼女?」


「違う。ただのクラスメイトだ」


「LINE教え合ってるのに?」


「……? それぐらい、クラスメイトなら普通だろう?」


 こいつ、異性からの好意には鈍感なんだな。


 不良グループのロン毛リーダーからは「ゴリラ」なんて言われていたけど、それは大柄なマッチョ体型だからの話。


 五里川原の奴、顔はワイルド系のイケメンだ。


 けっこうモテそうなのに、もったいないな。

 無自覚イケメンって生き物は。



 

「あの硬球を投げたのは、お前か?」


「見えてたのか? 凄い動体視力だ」


 やっぱシニアの世界大会で、ホームランを打っちまうような打者は違うな。


 256km/hの球を、硬球だと識別できるとはね。




「オレの名前を、知っているみたいだな。野球部関係者……。シニアリーグの選手だったと知って、勧誘に来たってところか?」


「ご名答。くまかど高校野球部キャプテン、はっとりしのぶだ。よろしく」


 そう。

 不本意だけど、俺はキャプテンに任命されてしまった。

 2、3年生が、全員退部したからな。


 俺はけんせいを推したのに、優子を含む1年生全員が指名してきやがった。


 キャプテンは捕手キャッチャーっていうのが、野球漫画のお約束だろ?




「入部はしない」


「理由を聞かせてもらえるか? お前ほどの選手が、野球をやめちまった理由を」


「オレには……野球しているところを見せたい人がいたんだ」


 聞けば五里川原には、いつも試合を見に来てくれる年の離れた兄貴がいたそうだ。


 試合で打った時、自分のことのように喜んでくれる兄貴の笑顔が好きだった。


 だから五里川原は、野球を頑張った。


 兄貴を特に喜ばせるホームランを、いっぱい打てるようにと。




「だが兄貴は……もう……。オレがホームラン打っても、見てはくれないんだ……」


 気の毒に。

 兄貴は亡くなったのか。




「五里川原が甲子園でも凄い飛距離のホームランを打ったらさ、届くんじゃないか? 天国にいる、お兄さんに」


 我ながら、いいことを言った。


 これで五里川原が奮起し、野球に戻ってきてくれれば……。




「勝手に殺すな。兄貴は生きている。いまも元気だ」


「は?」


「昔はいつも、試合を見に来てくれていた。だが最近は、オレのことなんかほったらかして遊びに行ってばかり」


 あ……あれ?

 なんかちょっと、想像していた話と違う。




「休日の度に、知り合いのお金持ちの屋敷へ行くんだ。そこのメイドさん達を鑑賞するのが、大好きなんだと。……オレの試合を見る時よりも、楽しそうな笑顔で言いやがった!」


 こいつ……ブラコン?




「どんなにホームランを打ってもダメだ。兄貴の気持ちは、メイドさん達に向いている。だからオレは、野球をやめた」


 うーん。

 これはひどいブラコンだ。


 五里川原の兄貴め。

 ちゃんと弟の試合を、見に行ってやれよ。


 しかし、メイドさんってそんなにいいもんかね?


 俺はメイド服より、シスターや神官さんの恰好が好きだ。

 異世界でゆうが着ていた、【聖女】の神官服はまさに理想。


 ……っていかんいかん。

 好きなコスプレについて、想いを馳せている場合じゃない。




「お前が兄貴大好きなのはわかったよ。でも……それはそれとして、野球というスポーツはどうなんだ? もう、好きじゃないのか?」


 五里川原の肩が、ピクリと震える。


「お前のホームランで喜んでいたのは、兄貴だけか?」


「……うるさい。初対面の奴に、オレの何がわかる」


「練習と創意工夫を積み重ねてきた、野球大好きマンだってのはわかる。世界大会の動画で、スイングを見た。それだけで1発だよ」


「…………」


「もう兄貴のためじゃなくて、自分のために野球やってもいいんじゃないか? 野球より面白いと感じるものがあるなら、それをやってもいいと思うけど」


 野球が1番面白いぞ!

 ウチの部が甲子園に行くために、野球やってくれ!


 ……なんて、思っていても口には出さない。




の野球部は、弱いうえに上級生達の横暴が酷いと聞いたが?」


「俺らが2、3年生を一掃した。残ってるのは、1年生だけだよ」


 五里川原は、少し考え込んだ。

 これは脈アリか?




「さっき、甲子園とか言ったな。公立の進学校が甲子園に出場するなんて、漫画やドラマの中だけの話だ」


「そうか? 公立進学校の出場は、けっこう事例あるぞ? そりゃかねで野球モンスターな特待生を集める私立の方が、有利なのは確かだけど」


「そういうのは公立高校でも、野球部が名門と呼ばれるところの話だろう? 部員全員1年生というのは、さらに無謀だ」


「無謀じゃない。俺が投げてお前が打てば、現実的な目標だ」


「……面白い。そこまで言うなら、力を見せてみろ。甲子園出場を、目指せるほどの力をな。明日の晩この公園で、オレと1打席勝負だ」


「さっき釘バットをへし折った投球だけじゃ、力を見せたことにならないのか?」


「打者視点で見てみないことには、何とも言えん」





 俺は内心でほくそ笑んだ。


 こりゃ五里川原の奴、野球に未練タラタラだぞ。


 今夜じゃなくて明日を指定したところから察するに、素振りやバッティングセンターで勘を取り戻すつもりなんだろう。


 やる気満々じゃないか。




「わかった。ビビって逃げるなよ?」


「ぬかせ。投手ピッチャー辞めたくしてやる」


 どうもうな、強打者スラッガーの笑み。


 やっぱりコイツ、是が非でも野球部に欲しい。




 裏山公園を去る五里川原の背中を、ニヤニヤしながら見送った。




「う……う~ん」




 あ、忘れていた。

 ゴミが散らかしっぱなしだ。




 うめき声を上げていた不良グループのロン毛リーダーの髪を掴み、顔を上げさせる。


 これ以上五里川原や熊門高校に関わらないよう、追い込みをかけとかないとな。




 意識を取り戻したロン毛リーダーは、涙目になりながらまくし立てた。




「お……お前ら! こんなことをしてタダで済むとおもっているのか? 俺の親父は、『なま組』の組長なんだぞ!」


 生呼組?

 あの指定暴力団の?


 簡単に、組の名前出しちゃダメだろう。

 親に迷惑かかっちゃうぞ?




 しかし、放っておくわけにはいかないな。


 幸い五里川原との1打席勝負は、明日の晩。


 今夜は空いている。




 俺はスマホを取り出し、優子と憲正にグループLINEでメッセージを送った。




 忍『今夜ヒマ? 3人で、ちょっと夜遊びしないか?』


 憲正『いいよ。何やるの?』


 忍『ヤクザの事務所を1つ、壊滅させようかと思って』


 優子『私もいいわよ。30分もあれば、片付くでしょうし』






 かくして今夜、生呼組の消滅が確定した。





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