第3話 聖女は先輩スレイヤー

はつじょう先輩! いきなり後輩に暴力を振るうなんて、何を考えているんですか!」



 ゆうの声で、俺は現代日本の価値観を思い出した。


 危ない危ない。

 やっぱり暴力は良くないよな。


 目標達成の邪魔になるから暗殺するだなんて、ファンタジー異世界の思考に染まり過ぎだ。


 それに2、3年生合わせて17人が一斉に行方不明になったら、大騒ぎになるだろう。

 死体を完璧に処理する自信はあるけど、このプランはなしだ。




ひじり~。これは暴力なんかじゃないぜ~。後輩想いな先輩による、指導だ。愛のムチって奴だ」


 「愛のムチ」とか言いながら、自分がこぶし痛めてるんだから間抜けだな。




しのぶはウチの部にとって、替えの利かない左投手です。もっと大切にして下さい」


「はぁ~? お前、寝ぼけてんのか? こんなヒョロヒョロ球しか投げれねえチビワカメが、チームに必要なわけねえだろ?」


「いいえ、忍はいい投手ピッチャーです。先輩の何倍もね」


 初条の顔色が変わった。




「聖~。女だから大目に見てきたが、ふざけたことぬかすと容赦しねえぞ? 取り消せ!」


 やめとけ、初条。


 【聖女】である優子のレベルは302だ。

 俺や憲正より高い。


 魔法中心の後衛職だから、力や敏捷性はそこまでない。

 それでも、素手で熊を絞め殺すぐらいの身体能力フィジカルはあるんだぞ?




「取り消しません。先輩も野球選手なら、試合して証明すればいいんじゃないですか? 自分の方が、優れたピッチャーだと」


 あ~。

 段々わかってきたぞ。

 優子の狙いが。




「紅白戦をしましょう。1年生対2、3年生のレギュラーメンバーで。負けたら私は、自分の発言を取り消して謝罪します。土下座でも何でもします」


 コラコラ優子。

 女の子が簡単に、「何でもする」なんて言っちゃダメだろ?




 あんじょう、初条が気色悪い笑顔を浮かべた。


「土下座だけじゃ足りねえなぁ? 聖。お前、俺様の女になれよ」


「いいですよ。先輩が勝ったらですけど。その代わり負けたら、野球部を辞めてください。2、3年生全員です」




 敗北した時の厳し過ぎる条件に、初条はちょっとためらった。


 だけどすぐに、余裕を取り戻す。




「いいぜ。その代わり、俺様達が勝った時の条件を追加だ。チビワカメは、野球部を辞めろ。才能ないクセにピッチャーやってる奴を見ていると、イライラするんだよ」


 才能なくて、悪かったな。

 

 確かにピッチャーは、責任重大なポジションだよ。

 どこのチームでも、才能豊かな選手が務めるもんだ。


 だけど本当に求められるのは才能じゃなくて、結果だと俺は思うぜ。




 優子は俺の方を振り返った。


 いいぜ。

 乗った。


 優子にばかり、リスクを背負わせるわけにはいかない。




「いいでしょう。負けたら俺は、野球部を辞めます」


 初条のニヤニヤが止まらない。


 こいつ、負ける可能性なんて全く考えていないな?




「条件を確認します。1年生チームが勝った場合、2、3年生の先輩達は全員野球部を辞める。先輩達が勝った場合、私は初条先輩の女になる。忍は野球部を辞める。いいですね?」


 確認を取る優子。


 あれ?

 魔力が高まっている?




「そうだ。そして選手を9人揃えられなかったら、不戦敗だ」


 初条が余裕かましているのは、これだな。


 1年生部員は、俺と憲正を入れて8人しかいない。




「不戦敗の件も、了承しました。公式戦でも9人揃わないと不戦敗ですし、問題ありません。以上のルールに基づき、紅白戦を行います。条件を遵守することを、慈愛と安息の女神ミラディースに誓います」


「へっ! 何だぁ? そりゃ? ……うおっ!」


 静電気でも食らったかのように、初条は身を震わせた。


 俺には視えたよ。

 魔力が銀色の稲妻になって、俺と優子と初条を貫くのを。


 初条にだけは、視えていない。


 これは優子の【宣誓魔法】。


 女神様の力で、誓った内容を強制的に履行させられる。


 初条は優子の出した条件に、「いいだろう」と答えてしまった。


 負けた場合、うやむやにはできない。

 強制退部だ。


 俺も負ければ、そうなるけど。




「いまのビリっときたのは、何だったんだ? ……まあいいか。聖。俺様の女になったら、たっぷり可愛がってやるぜ。その綺麗な顔を、ヒイヒイよがらせてやる」


「うるせえ、早漏が。イキがってんじゃねえ」


 ニコニコと聖女スマイルを浮かべながら、優子は吐き捨てた。


 ……久々に聞いたな。

 優子のこういうどぎつい台詞。


 幼馴染の俺や憲正は聞き慣れているけど、初条は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。




「先輩達の退部届17枚。用意しておきますからね~。さあ、もう行こう。忍。憲正」




 優子に連れられて、俺と憲正は部室棟裏を後にした。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






「……というわけで、俺達1年生と先輩達の紅白戦が決定した」




 夜間照明に照らされたグラウンド。


 俺の周囲を取り囲んでいるのは、1年生だけだ。


 2、3年生達はもういない。

 ちょこっと練習しただけで、帰りやがった。


 長く練習すればいいってもんじゃないと思うけど、先輩達の練習は量も質も両方悪い。




 紅白戦をするということ。

 勝てれば先輩達は、野球部を辞めると約束していること。

 負ければ優子が、初条の女になること。

 俺も退部すること。


 1年生達には全部、包み隠さず報告した。




「優子ちゃんが、初条の慰みものになるかもしれないだって? そんなこと、絶対にさせるかよ!」


「忍が野球部を辞める? コントロールのいい左投手が、いなくなっちゃうじゃないか!」


「もう先輩達の横暴にはうんざりだ! 俺達の手で、追い出してやろうぜ!」


 突然決まった紅白戦だけど、1年生達のモチベーションは高い。




「だけどさ、人数はどうする?」


 そう指摘したのは、遊撃手ショート小鳥遊たかなし


 こいつの言う通り、1年生部員だけでは人数が足りない。


 幸いにも、中学時代のポジションはみんなバラけている。


 あとは外野手が、もう1人いればなぁ……。




「あっ、心配しないで。私が中堅手センターに入るから」




 その手があったか。


 俺と憲正は納得したけど、他の1年生達はどよめいた。




「え……? 優子ちゃん、選手もできるの? 野球詳しいなとは、思ってたんだけど……」


 小鳥遊の問いに、優子は準備運動をしながら答える。


「言ってなかったっけ? 私、中学時代は軟式野球部でピッチャーだったんだよ。2番手投手だったけどね。外野を守ることも多かったの」


 そのチームでは、俺が優子に続く3番手投手だった。




「さーて、久しぶりにキャッチボールするなぁ。忍、受けてよ」




 そう言って優子は、左利き用グラブをはめた。





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