第4話 俺、何かやっちゃいました? 155km/hしか投げてないんですけど?

 最初は5mぐらいから。


 徐々に後退して、キャッチボールの距離を伸ばしていく。




 100mを超えたところで、1年生達から歓声が上がった。




ゆうちゃん、凄い! 女子でそこまで遠投できる子はいないよ!」


「っていうかしのぶも肩、めっちゃ強くなってね?」




 俺はうまいこと、【とうてき】スキルの力や高レベルによる身体能力を制御できている。


 慣れればそんなに、難しいことじゃなかった。


 優子は俺と違い、異世界で【投擲】スキルをランク2までしか取得していない。

 それでもレベル302だから、パワーは充分だ。


 っていうか異世界行く前から、遠投は90mという女子にあるまじき強肩だった。

 球速MAXは135km/h。

 非公式記録ながら、日本人女子最速だ。


 ちなみに異世界へ行く前の俺は、MAX115km/h……。


 トホホ……。

 



「優子。ピッチャーやる時のフォームで投げてみろよ」


「オッケー。……これぐらいの距離かな?」


 優子が駆け寄り、約18mの距離に調整した。

 マウンドからキャッチャーまでと、同じ距離だ。




 優子は体を大きくひねり、俺に対して背中を見せた。


 回転する全身は、まさに竜巻。


 左腕が鞭のようにしなる。




 白い矢と化した速球が、俺のグラブに吸い込まれた。


 【投擲】スキルでは、他人の投げた球の速度は測れない。

 なので【鑑定魔法】を発動。


 ……145km/hか。

 当然、異世界召喚前より速くなっている。




「おおっ! トルネード投法!」


「そのフォーム、ひじりきゅうそっくりだよね」


「……え? 聖って苗字……。優子ちゃんって、まさか……?」


 周囲がざわつき始めた。




 聖球也。

 元プロ野球選手。


 左腕から放たれる最速166km/hのストレートと、魔法のように落ちるフォークで三振の山を築いた。


 全盛期には5年連続最多セーブ賞を獲得した、伝説の守護神クローザー


 メジャーリーグMLBの球団からも熱烈なラブコールを受けていたけど、かたくなに渡米を拒否した。


 理由は妻や娘と離れるのが、耐えられなかったとのこと。




「聖球也は、私のパパよ」




 優子の父親であると同時に、俺やけんせいに野球を教えてくれた師匠でもある。


 プロアマ規定があるから、高校生になってからは教えてくれないけど。




 優子がスター選手の娘であることが判明すると、お祭り騒ぎになった。


 こりゃあ球也さんが俺達の師匠だとか、言い出さない方がよさそうだな。




「優子。先輩達との紅白戦も、お前が投げたらどうだ?」


「何を言ってるのよ。1年生チームの……ううん。このくまかど高校のエースはあなた。はっとりしのぶよ」


 昔っから優子や憲正って、俺に対する評価が高過ぎる気がする。


 【投擲】スキルを獲た今なら理解できなくもないけど、球威が全然なかった頃からずっとだ。




 優子の方が、凄いピッチャーだと思う。


 俺は小学1年生の時、優子のピッチングに憧れて野球を始めたんだ。


 マウンドで舞う竜巻に、魅了されて。




 そんなすごいピッチャーなのに、聖優子は夏の甲子園でマウンドに立つことはできない。


 女子選手だからだ。


 夏の甲子園こと全国高校野球選手権大会には、男子高校生しか出場できない。




 だから俺は……。




「優子。俺は明後日の紅白戦に勝つ。邪魔な先輩達を追い出して、夏の甲子園を目指せるチームを作る。そしてマネージャーのお前を絶対、甲子園に連れて行く」


「私なんかのために、頑張らなくていいのに……。でも、忍が甲子園のヒーローになるところは近くで見たいかな」


「私なんかとか言うな。俺がヒーローうんぬんなんて、それこそどうでもいい」


「どうでもよくなんか、ありません~。……じゃあさ、パパのために頑張ってよ。弟子が甲子園に行けたら、師匠の無念も晴れるってもんよ」




 数々の伝説を球界に残した球也師匠だけど、高校時代は甲子園に行けなかった。

 チームが弱過ぎたらしい。


 プロ野球選手時代。

 後輩選手から「え~? 聖さん、甲子園行ってないんスか~? プププッ」と煽られて、怒りのスコーピオン・デスロックをかましたエピソードは有名だ。


「甲子園なんて、大したことねえよ! しょせんガキ共の大会だろうが!」


 なんて言いながら、人一倍甲子園にこだわってるんだよな。あのオッサンは。






○●○●○●○●○●○●○●○●○





「は? 誰だ? お前は?」


 紅白戦の日。

 グラウンドに現れた俺の姿を見て、はつじょうは唖然としていた。


「誰って……、服部ですよ。チビワカメの」




 俺は優子の命令で、長い髪を切ってきた。

 ……とは言っても短髪まではいかず、ミディアムヘアぐらいの長さだ。


 だけどこれで、顔がハッキリ見えるようになってしまった。

 

 自分の顔は、あまり好きじゃない。

 かなりの童顔だから、ピッチャーとして対戦相手に舐められそうだと思う。

 だから髪を伸ばして、隠していたのに……。




「……チッ! ガキみてえな顔しやがって! チョーシに乗るんじゃねえよ! ……今日はボッコボコに叩きのめして、泣かしてやる!」


 そう言い放つと、初条は自軍の方へと戻っていった。




 ???

 初条はどうして怒ってやがるんだ?


 俺、なんかやっちゃいました?




「優子。初条は何に対して怒っているんだ?」


「忍の素顔がカッコよすぎて、嫉妬してるんじゃない? 甲子園に行ったら、なんとか王子ってあだ名つきそうだもん」


「からかうなよ。もっといかつい顔に生まれたかったぜ」




 優子の冗談を聞き流して、マウンドに登る。


 高い位置から周囲を見渡せば、観客ギャラリーがやたら多いことに気付いた。




「ぎゃはははっ! テメエら1年がボコボコにやられるところを見てもらおうと、人を集めたんだよ! せいぜい大恥をかきな!」


 初条の奴、性格悪いなぁ。




 うーむ、困ったぞ。


 これだけ人に見られているなら、人間離れした球を投げるわけにはいかない。


 変な機関に拉致されて、解剖とか人体実験とかされるのはゴメンだ。

 地球人の限界を、超えない投球をしなければ。




 投球練習では、かなり軽く投げた。


 球速は130km/h台に調整。




「ケッ! ちったあ速くなったようだが、まだまだだぜ! MAX141km/hの俺様に比べたら、おせえ! 遅え!」

 



 ……なんだか不安になってきたな。

 初条みたいに練習しない奴でも、140km/hが出るのか……。

 130km/h台の球なら、打たれちまうかも?


 よし、もう少し球速を上げよう。




 プレイボールだ。


 1番打者の3年生が、打席に入って構える。




 俺は体を捻り、背中を向けた。


 聖親子と同じ、左のトルネード投法。


 ピッチャーやり始めた頃からずっと、このフォームだ。




 球種はストレート。


 バックスピンの風切音が、マウンド上まで届いた。


 続いて落雷のような音を立てて、ボールが憲正のキャッチャーミットに収まる。






 球速は155km/h。


 まあ、初球はこんなもんか?




 ん?

 審判、ストライクのコールはどうした?


 ギャラリーも、なんでそんなに静まり返ってる?





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