第5話 ミッション~人類の限界内に収まった球を投げよ~

「す……ストライク!」




 ようやく球審がコールしてくれた。


 う~ん。

 コースがきわどくて、悩んだのか?


 外角低めアウトローギリギリだったからな。




 1番打者の3年生は、微動だにしていない。


 ビビッたのか平然としているのか、よくわからないな。



 よーし。

 試してやる。




 2球目。

 たっぷりバックスピンを効かせたストレートを、内角高めインハイに投げ込んでやった。


 球速もちょっと引き上げて、158km/h。




 顔面近くに速球が来たのに、1番打者は仰け反ったりしない。


 まるで石像だ。




 ……?

 やっぱり動じていないのか?


 ならば3球目は、さらに球速を上げて。




 ……どれぐらい、上げていいんだろうか?


 200km/hとか投げたら、さすがにまずい。

 明らかに、地球人の限界を超えている。


 レベルだのスキルだの説明しても、頭のおかしい奴だと思われてしまう。


 異常な生物として、人体実験&解剖コース待ったなしだ。




 よし、決めた。


 高校生最速タイの163km/h。

 これなら問題ないだろう。


 球速だけじゃない。

 バックスピンの量も上げる。

 毎分3500回転ぐらいだ。

 回転数が上がると、浮き上がるようなノビのあるストレートになる。


 3球目も、コースはインハイ。




 これもストライクゾーンぎりぎりに決まった。


 だけどバッターは、やっぱり動かない。

 1番打者のこいつ、なんて度胸が据わってやがる。


 結構チキンハートな先輩だと思っていたけど、評価を改めなくちゃな。




 ……っていうか、見逃しで3球三振だよな?


 どうしてバッターボックスから、出ようとしない?




 球審を務める2年生が、動かない3年生の様子を伺う。




「……立ったまま、気絶しています」




 やっぱりビビっていたのかよ!


 気絶するなんて、チキンハートにも程がある。




 たったの163km/hだぞ?


 異世界では、ダークエルフの弓矢とか軽く音速を超えていた。


 それに比べれば、163km/hなんて……。


 高校生最速とは言っても、人類の限界を超えているわけじゃ……。




 マウンド上で呆れていると、大歓声が巻き起こった。


 野次馬に来ていた、観客ギャラリー達だ。




「スッゲー! 何km/h出てるんだよ! あんな奴、ウチの野球部にいたのか!?」


「カッコイイ! それに顔も可愛い! わたし、ファンになっちゃった!」


「ハァハァ……、興奮してきたわ。あのショタっ子はさらって、家に監禁したい」


 みんな、騒ぎ過ぎだろう。


 あ~。

 150km/hオーバーは、ギャラリーが沸くほどの剛速球だったかな?


 異世界で3年間も過ごしたせいで、どうもその辺の感覚が狂ってる。




 はつじょうが人を集めたのは、裏目に出たな。


 観客は、俺達の味方になった。




 2番打者も、ストレートで3球三振。


 1番打者と同じく、1回もバットを振らなかった。


 ツーストライクからは、さすがに振ろうぜ。

 見え見えのボール球とかじゃないんだから。




 続く3番打者は初条。


 こいつは打撃もいいので、クリーンナップを打っている。


 入るバッターボックスは左。


 ピッチャーは、右投げなら右打ち。

 左投げなら左打ちが多い。


 投げるのと打つのが逆だと、利き手に死球デッドボールを受ける可能性が跳ね上がるからだ。


 だけど初条は右投げ左打ち。


 エースで3番だから、打撃も得意な左打ちがいいんだろう。




 初条の顔色は悪い。


 残虐処刑ショーをやるつもりだったのに、自分達が処刑される側に回ったんだから当然か。


 直球だけでも、簡単に打ち取れるだろう。


 だけどそれだけじゃ、不充分だ。


 2度と野球部に関わってこないよう、心をへし折っておきたい。




 ちょうどけんせいから、望んでいた球種のサインが出た。


 さすがは小学校からの女房役。

 よくわかってらっしゃる。




 体をひねったトルネード投法から、俺はボールを放った。


 スピードは157km/h。


 キャッチャーミットじゃなくて、初条の体に向かって飛んでいく。




「プギャア!」




 屠殺寸前の豚みたいな悲鳴を上げて、初条は倒れ込んだ。




「す……ストライクです」


「……え?」




 ヘルメットがズレた初条は、球審のコールにきょとんとしていた。


「何言ってるんだ! 俺が避けなきゃ、当たってるコースだったぞ!」


「い……いえ。変化して、ゾーンに入りました。しかもいっぱいに」


 初条は目を見開き、口をパクパクと動かす。




 当てられると思っただろ?


 舐めるなよ。

 お前じゃあるまいし、故意死球なんてゲスな真似するかよ。




 ただの高速スライダーだ。




 元から得意な球だったけど、異世界からの帰還後は球速とキレ、変化量が跳ね上がっている。


 憲正は「魔球だね」なんて言ってたけど、それはさすがにオーバーだと思う。




 よろよろと起き上がった初条に向けて、さらに高速スライダーを投げる。


 今度は仰け反っただけで、倒れ込みはしなかった。




「き……消えた……」


 初条もオーバーだな。


 ボールが消えるなんて、【空間魔法】でも使わないと無理だよ。


 お前が目で追えていないだけだ。




 3球目。


 ビビりまくる初条に向けて、俺が投げたのは激遅なチェンジアップ。


 タイミングを外して空振りさせようと思ったのに、初条は「ヒイッ!」と叫びながらすくみ上がってしまった。


 ボールはゆるっとゾーンを通過し、ストライク。

 スリーアウトチェンジだ。


 2、3年生チーム、まだ1回もバット振ってないな。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 1回の裏。

 俺達1年生チームの攻撃。


 マウンドに上がってるのは、エースの初条。


 その顔色は、青いを通り越して土気色だ。


 投球練習をするも、ストライクが全然入らない。




「初条って、あんなにコントロール悪かったかなぁ?」


 1番打者の俺は、準備をしながら憲正に話しかける。


「初条先輩は、コントロールも球威も気分に大きく左右されちゃうよね。ムラっ気があり過ぎる。牽制下手だし、守備フィールディングもイマイチ。後半バテて崩れるし、組みたくない投手だね」


 けんざき憲正の毒舌が止まらない。


 こいつ俺のことは持ち上げるくせに、他のピッチャーには評価がからいんだよな。




「初条の奴はあれでも、プロ注目の選手だったらしいぜ。1年生の時までは」


 本当は、強豪私立に誘われていたらしい。


 だけど初条は断って、偏差値県内トップの進学校であるこのくまかどに来た。


「俺様は野球が上手いだけじゃなくて頭もいいから、東大に行く。そして東大を、六大学リーグ初優勝に導いてやるんだ」


 なんて豪語して。




 ところが1年の時、3打席連続ホームランを浴びるという挫折を味わった。


 相手は有名な強打者スラッガーとかじゃない。


 去年卒業した、野球素人の先輩。

 しかも女子だ。


 それで初条はプライドをズタズタにされ、すっかりグレてしまったらしい。






「さーて。かつてのプロ注目投手に、引導を渡してきますかね」


 俺はバッターボックスに向かった。





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