第27話 金生「俺、そんなに臭うかな? 以前にも車屋の店長から、臭うって言われたし」

 かなおいじゅんいち


 それが自宅にドーム球場を持っているという、ふざけた金持ちの名前だ。




 なんでひじりきゅう師匠とお友達かというと、スーパーカー仲間らしい。


 金生氏は、自宅に何台もスーパーカーを所有しているんだとか。


 ゆうの母親であるひかるさんとも、投資家仲間らしい。




 野球関係者でもない金生氏が、自宅にドーム球場を持っている理由にぶったまげた。


 友人達と草野球で遊ぶために、建設したって話だ。


 他にも屋敷の敷地内には、サッカースタジアムだとか、大型体育館だとか、屋内温水プールまであるとのこと。


 なんなんだ、そのチート金持ちっぷりは……。




 俺と優子は、バスで金生邸を訪れた。


 バス停の名前は「金生邸前」。

 これってまさか……?


「公共交通機関が屋敷近くを通ってなくて不便だから、バス会社に作らせたらしいわよ? 会社ごと、買収したんですって」


 やっぱりな。


 なんだか金生氏と会うのが、怖くなってきた。




 巨大な門の前に立っていると、勝手に開いた。


 中からいかにも高級そうな車が出てくる。


 これって確か、ロールスロイス?


 運転席から出てきたのは、ストロベリーブロンドの巻き毛を持つメイドさんだ。

 ロシア系かな?


 彼女はスカートを摘まみ、俺達に挨拶する。


 おおっ! 淑女の礼カーテシー

 異世界ではよく見たけど、地球でお目にかかるのは初めてだ。




わたくし、金生に仕えるメイドのえんどうゆめと申します。はっとり様と、ひじり様でございますね? お迎えに上がりました」


 んんっ?

 その名前、聞いたことがあるぞ?


「あの……、つかぬことをお伺いしますが……。去年くまかど高校を卒業した、遠藤先輩では? はつじょう……野球部エースの球を3打席連続ホームランにしたり、20人の武装した不良を素手で叩きのめしたっていう……」


「その遠藤でございます。20人の不良撃退は、尾ひれがついていますね。私が片付けたのは10人。残りは父が殲滅いたしました」


 やっぱりか。




「お2人の制服……どうやら後輩のようですね。いまの私は高校の先輩ではなく、お客様をもてなすメイドでございます。何なりとお申し付けください」


「えーっと。それじゃ、普通に話してもらえませんか? 先輩から敬語使われると、ちょっと落ち着かないというか……」


 悲しき運動部のさがだ。

 体育会系嫌いの俺でも、体に染みついてしまっている。




「かしこまりました。ゴホン! それじゃ、ここからはフレンドリーにいかせてもらうわね。これがあたしのよ。よろしくね、しのぶくん。優子ちゃん」


 下の名前まで、事前に憶えられているのか……。

 この人は熊門で、ずーっと学年トップの成績だったらしいからな。




「ささっ、このロールスロイスに乗って。お屋敷まで、乗せていくから。門からお屋敷の玄関まで、けっこう距離があるのよね」


「高校卒業したばかりなのに、こんな大きな車を運転できるんですか? 先輩、凄いですね」


「あたし、高3の春には免許取ってたから。んで数か月後には、自動車のレースとかに出てたし。ロールスロイスなんて、レース仕様のポルシェに比べたら運転楽勝よ」


 そう言えば、そんな伝説もあったな。

 女子高生ドライバーが、なんとか耐久っていうプロも出場するレースで優勝したとか。

 地元メディアが、ニュースで取り上げていた。


 当時、俺はまだ中学生だった。

 これから受験しようとする高校に、凄い先輩がいるんだなぁと感心したもんだ。




 ロールスロイスで送ってもらいながら、俺は遠藤先輩に質問した。


「あの……。金生さんって、どんな方なんですか?」


「ウチのご主人様? 渋くてカッコいいわよ。背が高くて、スマートで、眼鏡が知的で、車の運転上手で、ここぞという時はおとこがあって……」


 うわ~。

 遠藤先輩、完全に恋する乙女の瞳だ。

 ハートマークが浮かんでいる。


 金生氏は、40歳ぐらいって聞いたけど?

 先輩はまだ、19歳だろう?

 オッサン好きなのか?




「ご主人様は優しい人だから、そんなにビクビクしなくてもいいわよ。敵と見なした相手には、徹底的にやる男だけど」


 ……不安を見抜かれたか。


 「敵には徹底的にやる」って、それ聞いたらますます怖くなったぜ。




 俺達は、バカでかい屋敷の玄関で降ろされた。




 車を片付けに行った遠藤先輩に代わり、今度は別のメイドさんが俺達を案内してくれる。


 小学生ぐらいの小柄な体格に、三つ編みヘア。

 楕円レンズの眼鏡をかけたメイドさんだ。


「こちらの応接室で~、旦那様がお待ちです~」


 やたら間延びした喋り方をするメイドさんだな。




 俺と優子は、応接室へと足を踏み入れた。




「こんにちは、俺が金生潤一です。聖さんから、2人のことは聞いているよ。とりあえず、掛けてくれ」


 うながされ、いかにも高級なソファに腰かける。


 何だこの座り心地は?

 もう立ち上がりたくない。




 俺達と向き合って座る金生氏は、もの静かなオッサンだった。


 遠藤先輩の言う通り、背が高くて痩せている。

 丸レンズの眼鏡に、天然パーマの入った髪。

 顔はまあまあイケオジだ。




 気になるのは、見た目じゃない。


 このオッサンが身にまとう、匂いだ。




 俺はチラリと、隣に座る優子を見た。


 やっぱり優子も警戒している。

 臨戦態勢だ。




 俺達の殺気を感じ取ったのか、銀髪の執事さんもピリピリした雰囲気。


 いつの間にか、遠藤先輩も応接室に入ってきていた。

 やっぱり彼女も、油断なく俺達をにらんでいる。




「どうしたんだ? 2人とも? 何をそんなに、殺気立っているのかな?」




 俺と優子はソファから飛び上がり、後方宙返りを入れながら金生氏と距離を取った。


 【アイテムストレージ】からしのびがたなを取り出し、構える。


 優子も杖を取り出していた。


 それを見て、執事さんと遠藤先輩も武術の構えを取った。




 応接室内に、けんのんな空気が流れる。


 一触即発だ。




「その常人離れした動き……。俺の命を狙う、暗殺者ってところかな?」


 忍刀を向けられても、金生氏は動じていなかった。


 やっぱりこのオッサンは、普通じゃない。




「金生さん。俺と優子は、何となくわかるんですよ。同類の匂いってやつが」




 金生氏の眉が、ピクリと動く。




「ほう……、同類ね……。何が同類と言うんだい?」


「しらばっくれないで欲しいですね。そんなに強烈な、匂いを放っておきながら」


「すまない。加齢臭には、気を付けているつもりなんだが……」


「そうじゃなくて……。あなたからは地球人の匂いと同時に、地球じゃない世界の匂いがするんですよ」




 今度こそ、金生氏の目が大きく見開かれた。






「金生さん。あなた、異世界帰りですね?」






 

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