第26話 自宅にドーム球場というパワーワード

 青い空の下。


 俺はマウンドに立っていた。




 ここはくまかど高校じゃない。


 ご近所にある、県立さき商業高校の野球部専用グラウンドだ。


 俺達熊門野球部は、練習試合にやってきていた。




ひじり親子に、憧れ過ぎ……か……」




 自分のピッチングが、わからなくなっていた。


 【とうてき】スキルの恩恵で、どんなフォームからでも投げられる。


 左からも右からも投げられる。


 剛速球も手に入れた。


 球種は……これは昔から、無駄に多かったな。


 とにかく、何でもできるようになった。


 何でもできるようになったからこそ、何をしていいかわからない。




 そこで色々と、試してみることにした。




 今日はグラブを左手にめている。

 右投げだ。


 上手投げオーバーでも横手投げサイドでもない。

 スリークォーターとも言えない独特のフォームから、ゆったりとした力のないボールを投げる。


 打者を舐めているようにすら見える投球だ。


 だけど俺は、真面目に投げていた。

 対戦する間咲商業のバッターも、真剣な目をしてボールを見据える。


 なんせ俺はこのピッチングで、7回表まで無失点なんだからな。




 間咲商業の4番打者は、打ち損じた。


 ゴロになり、一塁手ファーストひとばしが捕球。




 俺がベースカバーに入る。


 グラブトスされたボールを受け取り、一塁を踏んでアウト。

 スリーアウトチェンジだ。




「また打ち損じた! 服部くん……だっけ? あの球ってさ、ナックル?」


 アウトにされた間咲商業の打者が、話しかけてきた。


「正解です」


「ナックル投手ボーラーなんて、初めて対戦したよ。ありゃ、打てんわ」


 


 ナックルは、近代魔球のひとつに数えられる変化球だ。


 ほぼ無回転で投じられた低速の球が、ゆらゆらと不規則に変化する。


 打者にはどう変化するのか、読めない。


 投げた投手自身にも読めない。


 捕球する捕手キャッチャーにも読めない。

 捕るのが大変だと、けんせいがぼやいていた。




 今回ナックルボーラーに徹しているのは、試合ごとに色々なピッチングスタイルを試してみたいというのが理由のひとつ。


 ふたつ目が、剛速球を投げれることを他校に隠しておきたい。


 みっつ目。

 このあと8回からは速球派の抑え投手クローザーが登板するんで、緩急をつけて相手打線を翻弄するためだ。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 敵ベンチからも、グラウンドの外で見物していた生徒達からも歓声が上がる。


 8回表。

 間咲商業の攻撃。


 俺はベンチに引っ込んでいた。


 代わりにマウンドに登っていたのは、ひじりゆう


 公式戦じゃないのなら、女子も試合に出られるんだ。




 豪快な左のトルネード投法から、戦車砲みたいな速球が放たれる。


 長い黒髪が太陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。

 

 プレーの邪魔にならないよう毛先だけ括っているけど、優子の髪は腰まである。


「野球選手だけど、髪は短くしない。選手だから好きな髪型は諦めなくちゃいけないのなら、野球したいって女の子はいなくなる。だから長い髪のまま、私が活躍してみせる」


 っていうのが優子の持論だ。




「ぬわーっ! 誰!? あの子!? 超可愛いんですけど!?」


「知らねえの? プロ野球選手だった、ひじりきゅうの娘だよ。親父そっくりのフォームだろ?」


「あんなに綺麗なのに、すっごく速い球投げてる! カッコいい! お姉様と呼ばせて!」




 観客から、熱い声援が送られる。

 ほとんど間咲商業生徒のはずなんだけどなぁ……。

 自校の攻撃中なんだから、ちょっとは応援してやらないと可哀想だろ?


 さっきまで歓声を上げていた間咲商業ベンチが、ざわついていた。


 耳を澄ますと、しきりに「150km/h!」という叫び声が聞こえてくる。


 誰かがスピードガンで、優子の球速を測ったな。

 こりゃ、騒ぎになるぞ。


 いままで女子選手の世界最速は、137km/hだったからな。


 男子でも怪物認定される、150km/hオーバーを投げる女子選手。

 しかも美少女。

 おまけに選手兼監督プレイングマネージャーときている。


 注目されるのは当然だ。




「優子の奴、大人気だな」


「服部くんが登板している間も、女の子達がキャーキャー騒いでいたのです。優子ちゃん、不機嫌そうだったのです」


 俺のつぶやきに、とよやまかん先生が応える。


 先生は部長兼スコアラーとして、ベンチに入っていた。

 いつの間に、スコアブックの書き方を覚えてくれたんだろうか?




「なんで女の子達が騒いだんだろう? 憲正がイケメンだから? でもあいつキャッチャーだから、マスクで顔が見えないし……。がわかな?」


 俺に騒いでいたっていうのは、あり得ない。

 女の子にとって、背の低い男子はストライクゾーン外なんだろ?


「はぁ……。これじゃ、優子ちゃんも苦労するのです」


 甘奈先生から、ジト目でにらまれた。


 なぜ俺は、非難されてるんだ?

 解せぬ。




 そうこうしているうちに、優子は三振の山を築いていく。


 大気を撃ち貫くストレートと、魔法のように落ちるフォーク。


 安打ヒットを打つどころか、誰もバットに当てられない。


 間咲商業って、公立高校の中では結構強いチームなんだけどな。


 8回の表は3者連続三振。


 その裏の攻撃では、ド派手にホームランをかました。


 9回はまた、3者連続三振。


 もう聖優子劇場だな。




 俺と優子の継投で完封し、熊門は間咲商業に圧勝した。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






『ありがとうございましたー!』




 帰る間際に、チーム同士の挨拶。


 再び主将キャプテンに任命されていた俺は、間咲商業の主将と握手を交わした。


 隣では優子が、相手校の選手達から握手を求められまくっている。




「すみません。帰りのバスが、もう出ますんで」


 俺は優子の背中を押し、間咲商業の連中から引き離す。


 ブーブー言われるが、気にしない。




「えへへへ……。しのぶ、嫉妬した?」


「からかうなよ。部員を守るのは、キャプテンの責務だ」


「ちぇ~、この鈍感王子。……ねえ、忍。間咲商業のグラウンドって、めちゃくちゃ広いわよね」


「ああ。羨ましい限りだぜ」




 俺達以外のメンツも、物欲しそうな表情でグラウンドを見つめている。




 間咲商業は公立高校で、野球特待生を集めたりはしていない。


 それでもそこそこ強いのは、練習環境によるものだ。


 広いグラウンドで、毎日思いっきり練習できる。




 俺達は、週に3日しかグラウンド使えないからなぁ……。


 他の日は筋力トレーニングをしたりインディアンランニングをしたりして、体力強化に当てている。


 他の運動部の練習に、混ぜてもらうなんてこともしていた。


 別競技をやることで身体感覚を磨いたり、体への負荷を分散させて故障を防ぐのが狙いだ。


 将野がいた間は「そんなの遊びだ」と廃止されていたけど、また復活している。


 ただなぁ。

 もうちょっと、グラウンドを使った練習はしたいよなぁ。


 量に任せた練習は効率悪いと思うけど、現状は足りなさ過ぎる。




「前に言っていたこと、憶えてる? パパので、練習場所どうにかなるかもしれないって話」


「もちろん、憶えているぜ。どうにかなったのか?」


「交渉してみようと思うの。実はパパの友達で、自宅にドーム球場を持ってる人がいて……」


「待て。俺の聞き間違いか? ありえないワードが聞こえたんだけど?」


「もう1度言うわね。パパの友達で、自宅にドーム球場を持っている人がいるの。その人に、使わせてもらえないか交渉してみようと思う」




 異世界帰りの高校球児より、非常識な人間がいるんだなぁ。


 俺はぼんやりと、そんなことを考えていた。





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