第22話 2人対9人でも試合になるけど、これはもはや野球ではない別競技な気がする

 2人対9人という、超ハンディキャップマッチが始まった。




 まずは俺達の攻撃。

 先頭バッターは、もちろん俺だ。




 2m超えの長身から投げ下ろされる、すなのストレート。

 打席から見ると、ほとんど垂直に落ちてくるように感じる。


 迫力はまあまあだけど、すめらぎほど速くはない。

 【鑑定魔法】によると、砂賀の球速は140km/h台前半。


 これは打てる。




 3球目。


 内角低めインローのストレートをすくい上げた。


 左翼手レフトに入っているかたの頭上を、打球は軽々と越えていく。


 本塁打ホームランだ。




 2人しか攻撃に参加できなくても、それぞれが1発でホームに帰ってくれば問題ない。

 また次の打席に立てる。




 ダイヤモンドを1周しながら、相手ベンチを見る。


 がくぜんとしている、将野監督の姿が見えた。




 今度は自軍ベンチの方を見る。


 ニコニコ顔で拍手している校長と、腹を抱えて爆笑しているきゅう師匠がいた。


 師匠の口が何やら動いていたので、【聴力強化】スキルを発動。

 会話内容を聞き取る。


 


しのぶの奴、低めを打ったのになんて飛距離だ! 笑っちまう! 元から巧打者だったが、高校入ってからはスイングスピードとパワーが段違いダンチだぜ!」


「小柄なのに、凄い選手ですねぇ。はっとりくんは」


「おうよ! 校長センセ! 忍は俺の弟子っスよ? 野球上手いに決まってんぜ。アイツを試合で使わねえなんて言い出す奴がいたら、アホ過ぎる。中学時代の監督は、真性のアホだったけど」


「野球は体格だけで、勝負が決まるわけではないのですねぇ」


「デカい方が、何かと有利じゃあるんスけどね。デカくても、上手くないと勝てねえ」


「相手の大きなピッチャーくんは、ひじりさんの目から見てどうなんです?」


「スゲエいい素材っスよ。だけど惜しい。豪快なフォームの割に、上手くボールまで力が伝わってねえ」


 あっ。

 それ、俺も思った。


「俺がコーチすりゃあ、150km/hオーバーが狙えるんだけどなぁ。そしたらプロでも、2桁勝利は固いぜ」


「へえ……。そんな逸材が、何でプロになってないんでしょうねぇ」


「学生時代の指導者が、無能だったんじゃないっスか?」




 将野の奴、これ聞いたら怒りで血管が破裂しちまうぜ。




 ホームベースを踏み終えた俺は、そのままネクストバッターズサークルへ。

 2人しかいないと、忙しいな。


 憲正が打席に立っているうちに、休憩させてもらおう。




 そんなことを考えていたら、鋭い金属音がした。




 あー。

 憲正の奴、初球をホームランにしやがった。


 全く……。

 これじゃ、休めないじゃないか。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 俺と憲正が仲良く2本ずつホームランを打ったところで、ようやく将野は動いた。


 判断が遅い。




 ベンチから砂砂コンビに対して、サインが出る。


 捕手キャッチャーれきが立ち上がった。


 敬遠だ。


 ホームラン打たれるよりは、歩かせた方が傷口が浅くて済む。


 今回俺達は、打者が2人しかいないんだ。

 俺と憲正を塁上に出してしまえば、打席に立つのはバットを持たない師匠。

 適当にストライクさえ投げてりゃ、アウトが取れる。


 盗塁だけは気を付けないといけないけど、本盗ホームスチールさえ食らわなければ失点しない。

 本盗なんて、そうそう成功するもんじゃないし。


 監督なら、試合開始前に気付いて欲しいもんだな。




 相手ベンチを見やれば、将野が勝ち誇ったような顔をしていた。


 4点も取られておいて、ドヤ顔するんじゃねえ。


 これが公式戦とかだったら、かなりキツいビハインドだぞ?

 やっぱりこいつに、チームの指揮は任せられないな。




 俺も憲正も敬遠されて、こと聖球也師匠が左バッターボックスに入る。


 約束通り、バットは持っていない。

 ただ、持ってるつもりで構えてはいる。


 案山子役である師匠に四球フォアボールを与えた場合、ボールカウントをリセットしてやり直しというルールにしておいた。


 つまり、師匠は敬遠できない。

 これ以上は人がいないから、こういうルールでないと試合が続行不能になってしまう。




 ベンチの優子監督から、サインが出た。


 なるほど。

 攻撃的だな。




 俺は大きくリードを取る。


 するとキャッチャーの砂歴が、二塁に牽制球を投げてきた。


 速い。

 大した鉄砲肩だ。




 だけど俺は、帰塁したりしないぜ。


 そのまま三塁へ向けて走る。


 ディレードスチールだ。




 滑り込んで、セーフ。


 【忍者】の足を、舐めるなよ。




二塁手セカン!」




 将野が叫ぶ。




 憲正が二塁を狙って、スタートを切っていたんだ。


 「刺せそうだ」と、思わせるタイミングで。


 当然、これは罠。




 三塁手サードさんのみやが送球した瞬間、俺は再び走り出した。




「馬鹿者! なんで投げる!」




 そりゃ、アンタが二塁セカンドって叫んだからだろ?


 今更もう遅い。


 途中から加速した憲正は、二塁セーフ。


 ボールが二塁に投げられた隙に、俺は本盗ホームスチールを決めた。




 振り返って憲正を見れば、俺が本盗を決めてる間に三塁まで到達している。


 もうフルボッコスチールだな。




 自軍ベンチを見れば、師匠が校長に何やら自慢していた。


 【聴力強化】スキルを発動しなくても、何言ってるかわかるぜ。


「さすが俺の娘! 優子たん名采配!」


 だろ?




 あっ。

 将野を指さしてる。


 今の二塁送球の指示について、ディスってるな。




 監督対決で、優子が将野を圧倒している。




 ……とでも、校長が思ってくれたらありがたい。


 実際に優子から出た指示は、「状況を見て、次の塁を狙えるだけ狙え」という大雑把なもの。


 俺と憲正の状況判断力と非常識な脚力に任せた、ゴリ押し走塁だ。


 異世界帰りの俺達じゃなきゃ、こんな戦法は取れないぜ。




 盗塁されまくって動揺したのか、砂賀の制球コントロールが乱れた。


 ただ突っ立てるだけの師匠に対し、大暴投。


 その間に憲正も生還。


 塁上の走者ランナーがいなくなってようやく落ち着いたらしく、ストライクスリーでバッターアウト。


 なにげに初のアウトだな。




 次は俺が打席に立つ。


 また敬遠してきたので、今度は乗り出して敬遠球を打ってやった。


 余裕の二塁打スタンディングダブル




 憲正はもっと酷い。


 俺より大きく外された敬遠球を、片手でホームランにしやがった。


 何だ?

 あのデタラメな打ち方は?


 テニスのフォアハンドじゃないんだぞ?




 敬遠打ちに怯えたバッテリーは、さらに大きく外したボールを投げる。


 投球前から砂歴はキャッチャーボックスを出て、本塁ホームベースと三塁の間ぐらいで捕球するようになった。


 それ、捕手のボークなんだけどな。

 まあ、ランナーいない時はカウントがボールになるだけだし。




 可哀想だったのが、憲正の打席だ。


 俺が塁上にいるから、キャッチャーもボークするわけにはいかない。

 ペナルティで進塁になってしまう。


 なのでピッチャー砂賀の手から球が離れた瞬間に、砂歴は横っ飛び。


 ギリギリのところでキャッチする。


 こんなに体力と精神力を消耗する敬遠、見たことがない。



 投球せずに敬遠できる、申告敬遠をすればいいのに。





 まさか将野、新しめのルールだから知らないんじゃ……?






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