第38話 我を貫いた、初めての男なのだからな←言い方ァ!

ときは熟した」




 青いローブの少女はそうつぶやくと、片手を俺に向かってかざした。




 反応する暇もない。


 いきなり吹き飛ばされて、控室の壁に叩きつけられる。


 一瞬、息が詰まった。


 だけどすぐにはね起きる。

 追撃を逃れようと、体が勝手に動く。

 異世界でつちかった、戦闘経験からくるものだ。




 だけど身動きが取れなかった。


 手足を見れば、青白い光のかせめられている。


 枷で壁に縫いつけられているんだ。




 拘束された俺を見て、ゆうけんせいが少女に飛びかかった。


 さすがだ。


 小さな女の子という相手の見た目に、騙されてはいない。


 だけど2人とも同じように、光の枷で壁やロッカーに縫いつけられてしまった。




「な……なにをするのです! わたしの生徒達を離しなさ……あっ! か……体が……」




 ローブの少女が指を鳴らしただけで、かん先生達は動けなくなった。


 野球で鍛えられている部員達も、レベル38で超人的な身体能力を誇るがわもだ。




「くくく……。大人しく見ているがよい。シノブ・ハットリが、われのものになる瞬間を」


 ローブの少女は、顔を覆っていたフードを外した。


 サファイアのように真っ青な髪をツインテールにした、美少女の顔があらわになる。

 見覚えのない顔。

 人形みたいに綺麗だ。


 だけど金色の瞳は、危険な輝きを放っていた。




「お前は……。一体誰なんだ!?」


「忘れてしまったのか? われはあの時から、お主のことをずっと忘れられぬ。なんせわれを貫いた、初めての男なのだからな」




 控室内の空気が凍った。




「は……はっとりくん! 小さな女の子に、なんてことをするのです! 試合が終わったら、生徒指導室に来なさいです!」


「ご……誤解です! 甘奈先生!」




 こいつ……。

 甘奈先生や部員達が聞いてるのに、なんて紛らわしい言い方を……。


 1番誤解されたくない相手は、優子だ。




 だけど優子は緊迫した面持ちで、青髪の少女を見据えている。


 憲正もだ。


 俺もさっきから、心臓が速く脈打っている。


 「我を貫いた」という台詞で、少女の正体に思い当たった。




「ずいぶん姿形が変わったようだな。……魔神サキ!」


「おお! わかってくれたか! 嬉しいぞ! シノブ・ハットリ!」




 魔神らしい、危険なオーラを放っていたサキ。 


 奴は突然、外見通りの小さな女の子みたいな笑顔を浮かべた。


 そして俺に、ギューッと抱きついてくる。


 ???

 何してるんだ?

 この魔神は?




「お主に激しくかき回され、身も心もダメになってしまった我は……」


「言い方を考えろよ、わい魔神」


「ぬ? 何かおかしかったか? この数カ月で、地球の言語や文化は学習し尽くしたつもりだったが……。とにかくお主にヤられた我は、地球へ逃げ延びた。力の大半を失ってしまったが、かなり取り戻してきておる。そこで、計画を実行することにした」


「計画……? まさか!」




 こいつ!

 異世界アラミレスを征服しようとしたように、今度は地球を侵略しようっていうのか?


 そんな真似は、させないぜ!




「うむ。シノブ・ハットリを、力づくで我がものにしようと思ってな」


「我がものに? 俺を配下に加え、地球侵略の先兵にするつもりか? 死んでもゴメンだぜ」


「いや、そうではなくてな。日本語で言うなら、『つがい』だな。シノブ・ハットリ。我の番となれ」




 ……番?

 番って、動物のオスとメスがなったりする……?


 交尾して、子供を作るあの?




「ふーむ。番という表現は、妥当ではないか? ならば夫婦だ。我の夫になれ、シノブ・ハットリ」


「すみません、魔神サキ様。おっしゃる意味が、よくわかりません。あなたを滅ぼしかけた俺を、なぜ夫にしたいのでしょうか?」


 驚き過ぎて、敬語になっちまったよ。




「乙女に言わせるでない。我がお主に、惚れたからに決まっておるだろう」




 頭痛がしてきた。


 俺、こいつに惚れられるようなことしたか?




「あの【ミーティアオーブ】とかいう魔導武器での一撃。見惚れてしまったぞ。カッコ良かった。威力がどうとかいうよりも、フォームだな。美しく、力強い。あれを見た瞬間、どうしても欲しくなったのだ。シノブ・ハットリという人間のオスがな」




 やっぱり意味がわからねえ。


 強大な力を持った魔神が、俺の投球に惚れた?


 サキが人間なら、わからなくもない。


 古来より人間は、とうてきを武器にしてきた。


 力が弱く、鋭い牙や爪、毒や翼を持たない人間が、生存競争を勝ち残ってきた理由。


 それは石や槍などの、ものを投げる能力にひいでていたから。


 リーチの長さで、他の生物たちを圧倒してきたからだ。


 ならば投げる能力が高い個体の遺伝子を求めるのは、本能とも言えるだろう。


 だけどサキは、魔神だからなぁ……。




「地球に来て、我は興奮したぞ! この世界には、素晴らしい遊戯がある。野球だ。投げる、打つ、走る。どの選手も、プレーする姿が美しい! カッコいい! 世界征服なんぞより、野球を観ている方が何倍も面白い!」


「ソ……、ソウデスカ……」


「それでだな。我はカッコいい野球選手の番が欲しいのだ。特に投手ピッチャー。日本プロ野球やメジャーリーグの選手も見てきたが、シノブ・ハットリよりゾクゾクさせてくれるピッチャーは存在しなかった」


「こ……光栄ですが……その……俺にはもう、心に決めた女性がおりまして……」


「何? 別に構わぬぞ? 我とその女、両方をめとるがよかろう。日本国の法では重婚不可のようだが、我は形式にこだわらぬ。その惚れた女と我の両方と、バンバン子を成せば問題ない」


 問題大ありです、魔神様。

 異世界アラミレスならともかく、この日本ではすごく非難されるヤツです。




「では、早速……」


「何が早速なんだよ! いきなりローブを脱ごうとしてんじゃねえ!」


「お主ら人間の子作りは、服を脱いで行うものではないのか?」


 そこまで人間の生態を学習したのなら、人前で交尾しないことまで学んで欲しい。


 それに今のサキの姿は、幼すぎる。

 犯罪臭が、ハンパない。




「はは~ん。シノブ・ハットリ。お主、我の姿が好みではないな? 日本人はロリコンが多いと聞いていたが、お主はいわゆる『バインバイン』が好きなタイプか。……しばし待てい」


 日本人に対する、熱い風評被害だな。


 それと俺はバインバインより、スレンダーな子が……。




 俺の好みを聞かず、サキは変身を始めた。


 髪型や顔の大まかな印象は変わらないけど、ムクムクと体が大きくなっていく。


 女性らしい部分が、ローブを大きく押し上げていた。

 すっかり妖艶なセクシーお姉さんだ。


 身長は……あっ。

 俺より高くなった。

 凹む。




「くくく……。これなら文句はなかろう。さあ、レッツ子作りだ」




 光の枷で拘束され、身動きが取れない。

 そんな俺に、唇を近づけてくるサキ。


 くっ……。

 頭がぼんやりする。


 催淫系の魔法か?


 冗談じゃないぜ。

 優子の見ている前で、他の女とそんな真似できるか。




 俺はチラリと優子の方を見た。






 ……優子がいない!?


 光の枷だけ残っている!?




 突然、パーン! という快音が響いた。




「ひぃいいいいっ!!」




 眼前に迫っていた、妖艶魔神の顔が歪んだ。


 そしてお尻を押さえながら、控室内をぴょんぴょんと跳ねまわる。


 涙目だ。

 相当痛いらしい。




 さっきまでサキがいた場所には、ひじり優子が立っていた。


 バットを肩に担いだ状態で。




 こいつ、魔神にケツバットをかましやがった。





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