第37話 1球でも長く、こいつのミットに

「は……? え……? けんせい、お前何言ってるんだよ? アラミレスに戻るって……。俺達はアラミレスで魔神を倒して、やっとの思いで地球に帰ってきたんじゃないか!」


「向こうには、僕を待ってくれている人がいるんだ」




 その瞬間、思い出した。

 かなおい邸合宿で、好きなコの名前を言いあった時のことだ。


 憲正はこう言ったんだ。

 「好きなコは、地球上にはいない」と。

 あれは好きなコの名前を言いたくないがための冗談とか、はぐらかしじゃなかったんだ。




「待ってる人って……。まさか……?」


「そうだよ。プリメーラだ」




 俺達を異世界へと召喚した【大魔導士】にして、王女でもあったプリメーラ姫。


 確かにパーティを組んで一緒に冒険している時も、憲正と姫は仲が良さそうではあったけど……。




「魔神サキを倒したら、結婚しようと約束していたんだよ」


「ええ……。お前、15歳で結婚って……。いや、向こうでは3年時間が経ったから18歳扱いか。それにしたってな……。相手はウィリアム王国の第1王女だぞ? わかってんのか?」


「わかってる。僕を次期国王に……という話だった。プリメーラの父である国王の説得や、大臣、高位貴族への根回しも済んでいたらしい。魔神を討伐した勇者パーティの一員なら、王族との結婚も問題ないんだってさ」


「あー。あの王国は勇者パーティの中でも、特に【剣聖】の職業ジョブを神聖視していたからな。お前は姫の結婚相手に、ピッタリだったってわけか」


「僕ら当人同士も、愛し合っていた」




 愛し合っていた……か……。


 魔神サキを倒して向こうの世界から消える瞬間、プリメーラ姫が憲正の名前を叫んでいたことを思い出す。


 愛し合っていたというか、執着されている感じだった。

 ああいうのを、ヤンデレっていうんだろう。

 そういや憲正は、ヤンデレ女子が好きとか言ってたな。


 こ~んな爽やかインテリ眼鏡イケメンのくせに、重度のおっぱい星人だったりもするし。


 プリメーラ姫の胸部装甲は……うん。

 メジャーリーグ級だったな。




 ……俺、何を色々勘違いしていたんだろう?


 ひじりゆうは、本当に全然けんざきけんせいの好みじゃない。




「忍が聞いて誤解したあの台詞さ、『僕は愛しているんだよ、プリメーラを。だから優子、夏が終わったら僕を向こうの世界に送ってくれ』という意味だったんだ」




 ……なんてこった。


 手前の会話を把握していたら、わかりそうなことだったのに。

 最悪のタイミングで、聞き始めちまったってことか。




「いま、『向こうの世界に送ってくれ』とか言ってたな? そんなことが、可能なのか? プリメーラ姫の【勇者召喚魔法】は、魔神サキの魔力をも利用した1発こっきりの魔法だったって聞いたが……」


「プリメーラと優子が、異世界と地球の間を転移する魔法を研究している。完成の目途は立っているそうだよ。危険だし、大規模な準備が必要な魔法だから、何度も行き来はできないけど」


「なんで地球にいるお前が、プリメーラ姫の近況を知っているんだ? 【転移魔法】の研究をしているだなんて、知りようがないだろう?」


「プリメーラと優子は、【念話魔法】で世界の壁を越えて会話ができるんだ。高位の魔法職である、2人ならではの離れ業だね。僕も魔法職だったらよかったのに……」


「優子のヤツ……。プリメーラ姫と交信できることを、俺には話してくれなかったな……」


「優子は独占欲が強いからね。親友のプリメーラとはいえ、女性は誰であろうと近づけたくないんだろうさ」


「ん? どういう意味だ?」


「優子本人に聞けば?」




 憲正は妙にニヤニヤしながら、バットケースを担ぎ直した。


 もう帰るつもりらしい。




「さあさあ。忍も帰って、早く寝ないとダメだよ。明日は準決勝。くに学院との試合が待っている」


「ああ……。そういえば、そうだったな」


「『そういえば、そうだったな』じゃないよ。エースでしょ? 試合に集中してよ。……僕が忍の球を受けられる回数は、もう限られてるんだからさ」


「憲正……。どうしても今年の夏が終わってすぐじゃないと、ダメなのか? 3年の夏が終わって、高校を卒業してからでも……」


「そんなにプリメーラを待たせられないよ。彼女は王女なんだよ? 隙あらば、自分の子息を婿むこに……という貴族も多い」




 そうか。

 気が気じゃないだろうな。


 俺が憲正の立場なら、一刻も早くアラミレスに行きたい。




 なのにこいつは、夏の終わりまでは残ると言ってくれている。


 俺や優子と一緒に、甲子園へ行こうと。




「憲正。色々と勘違いして、お前を疑って、悪かった」


「本当だよ。この借りは、ピッチングで返してよね。明日は火の国学院を、完封するよ。すめらぎは中学時代、僕のことも『ヒョロ眼鏡』って馬鹿にしてたからね。フルボッコにして、泣かしてやろう」




 爽やかな笑顔で毒を吐く、いつもの剣崎憲正。


 小学校の頃からの女房役。


 来年以降も俺は、野球を続けていく。

 大学でもやるつもりだ。


 だけどこれから先、憲正以上に信頼できる捕手キャッチャーと組むことはもうないだろう。


 1球でも長く、こいつのミットに向かって投げていたい。


 そのためには、絶対甲子園に行かないとな。


 この夏を最後まで戦うことが許されるのは、勝ち残ったチームだけだ。




 金生邸を出たあと、俺達は自宅まで走った。

 もうバスもなかったし、自分の足で走った方が速い。


 途中で何台も、自動車を追い越した。

 暗かったし、運転手にはよく見えなかっただろう。

 騒ぎにはならないはずだ。




 ああ。

 こうしていつも、憲正や優子とは一緒に走っていたな。


 野球の練習でも、異世界で冒険している時も。


 それももうすぐ終わってしまうんだ。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 その晩俺は、夢を見た。


 まだ小学校低学年だった頃の夢だ。


 ひじり邸の広い庭で、キャッチボールをしている。


 憲正のミットに向かって投げる俺を、みんなが見守ってくれていた。


 優子、師匠、優子の母であるひかるさん。




「ナイボー! 忍!」




 幼き日の憲正。

 その声を聞きながら、俺は眠りに落ちていった。




 ビックリするぐらい、ぐっすりと眠れた。






○●○●○●○●○●○●○●○●○






 全国高等学校野球選手権大会。

 夏の甲子園、県大会。


 ――準決勝。




 俺達くまかどナインは、バスで藤川台県営野球場へと到着した。


 俺達と火の国学院の試合は、第1試合。


 第2試合のカードは、私立やまかん高等学校VS県立せいがくしゃ高等学校。


 驚くことに、公立の進学校である聖魔学舎が勝ち残っていた。


 そりゃ、なかなかいいチームだとは思っていたさ。


 左の下手投げサブマリンエース、ふかてっしんさんは凄い投手ピッチャーだと思うし。


 でもまさか、ここまで勝ち上がってくるとはなぁ。


 ただ、準決勝で勝つのは難しいだろう。


 相手の津狐山館は、甲子園に出場したこともある私立の強豪校だ。





 球場控室で、試合のときを待つ。


 試合に出る選手のみんな、監督の優子、部長兼スコアラーのかん先生。


 全員落ち着いている。

 士気も高そうだ。




 突然だった。




 ノックもなく、いきなり控室のドアが開かれる。




 乱入者だ。

 全員があっけに取られていた。




 入ってきたのは、小柄な人物。




「お前は……。なんでこんなところに!」




 フードの下から覗いていた唇が、ニヤリと歪む。


 そこに立っていたのは少女だ。


 青いローブを全身にまとったその姿。






 裏山公園で魔王竜デイモスドラゴンを召喚した少女が、控室に乱入してきた。





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