第29話 俺は人間をやめるぞ! 優子ぉ!
優子は【アイテムストレージ】から、左利き用のキャッチャーミットを取り出した。
今日は
俺は何度か投球練習をさせてもらった。
ズバン! という快音が、ドーム内に反響する。
ヤバい。
ドーム球場って気持ちいい。
ゾクゾクしてきた。
投球練習をしている間、対戦相手の
この人、ホントに素人か?
スイングの鋭さが、まるで抜き身の刀だぞ?
体の動きは、野生の獣みたいにしなやかだし。
「ちょっと! 遠藤先輩! その格好で、打席に立つ気ですか!」
「ちゃんと防具は身に着けてるわよ?」
優子の指摘にも、遠藤先輩は悪びれない。
確かに、防具はしっかり身に着けている。
フェイスガード付きヘルメット。
バッティンググローブ。
エルボーガード。
レッグガード。
靴は本格的なスパイク。
ここまでやっといて、何で服装はメイド服のままなんだ?
「スカートでスイングしたら、パンツが見えちゃいます! パンチラで
「ご主人様以外の男に、パンツ見せるようなヘマはしないわよ。忍くんは可愛いと思うけど、好みのタイプじゃないから安心して」
なにが安心なのか、よくわからない。
パンツは見えなくても、フトモモで気が散りそうだ。
優子の聖女服姿を思い出し、雑念を払う。
集中、集中。
ふぅ……。
「それじゃ、勝負を始めるわね。あたしを3打席無安打に抑えたら、忍くんの勝ちよ」
遠藤先輩は意気揚々と、右打席に入る。
球審は
このオッサン、ストライクゾーンとかわかってるのかな?
遠藤先輩は人外モンスターとして
なので、いきなり
よし!
まずは基本通り、
それもボール2個分は、外した球でいこう。
おなじみ左のトルネード投法から、ストレートを投げ込む。
危険だから、球速も手加減した。
145km/h。
まず手が出ないだろうと思っていたのに、遠藤先輩は振ってきた。
しかもバットに当てる。
打球は真上に上がって、キャッチャーフライ。
「わっ! スケベ
ドーム球場内には俺達しかいないので、声がよく響く。
遠藤先輩は驚いていたけど、俺の方がビックリだ。
今のに当てるの?
俺、ゾーン外にはずしたんだぜ?
球速も145km/h出てたのに。
「こらぁ! 忍! 相手を野球素人の女の子だと思うなぁ! 私を相手にしていると思え!」
優子がご立腹だ。
マスクを上げて、怒鳴りつけてきた。
むむむ。
女子でも野球選手なら、手加減とか失礼だと思うからしないんだけどな。
遠藤先輩は、経験者だと思って挑まないとダメか。
それも優子や
「
おっ。
球審の金生さん、しっかり見えていたのか。
オッサンなのに、いい目をしている。
そういやこの人も遠藤先輩と同じ、自動車レーサーなんだっけ?
「だってご主人様。スピードはゆっくりだったから、打てると思ったんだもん。……たしかに148mm、外れていたわね」
ゲゲッ!
なんだこのメイド?
ミリ単位で、ボールの軌道が判別できるのか?
それに145km/hが、ゆっくりだと?
高校生で140km/h台って、剛腕投手扱いされる速度域だぞ?
そういや、バックスピンの回転量まで見えていたみたいだな。
遠藤先輩は、正真正銘の化け物だ。
動体視力チートだ。
俺は気持ちを引き締め直した。
1アウトは取れたんだ。
あとの2つを、慎重に取っていこう。
ここからは、2打席目という想定。
初球から、厳しく行くぜ。
しかも165km/hを投げ込む。
「ちょいやっ!」
嘘だろ?
これにも当ててきやがった。
しかもめちゃくちゃ飛んだ。
ギリギリでポールの外側。
ファウルだ。
「あーん、惜しい。スイングする時、おっぱいが邪魔になっちゃった」
「チッ! ウシ
ゆ……優子!
マウンド上の俺に聞こえたんだから、遠藤先輩にも聞こえちゃったと思うぞ?
「あら優子ちゃん、羨ましいの? 大きいと、肩が凝って大変なのよ? 自分の足元とか、見えないし。優子ちゃんの方こそ、動きやすそうなサイズで羨ましいわ」
「夢花。それ以上乳マウント発言をすると、退場処分にするぞ?」
金生さんが警告してくれて、助かった。
優子の奴、マスク脱ぎ捨てて乱闘に走る寸前だったな。
俺は優子ぐらいのサイズが好きだぜ?
殴られそうだから、言えないけど。
気を取り直して2球目。
大きく弧を描く、スローカーブだ。
さっきのストレートと比べて、80km/hは遅い。
これだけ緩急と変化量があれば……。
右手に走る衝撃。
グラブの中に、打球が収まっていた。
ピッチャーライナー?
あのスローカーブを、打っただと!?
「ええ……。あれだけ緩急差をつけたのに、何で対応できるんですか?」
勝負の最中なのに、ついつい尋ねてしまった。
「あたし達レーシングドライバーはね、ヘアピンカーブを曲がる時、300km/hから90km/h以下まで一気に減速するのよ。2秒ちょっとでね」
うへえ。
速度差210km/hか。
そりゃ、緩急にも強いわけだ。
「それと今の変化球……カーブ? 回転速度と回転軸の傾き、空気の流れが見えたから、どういう軌道で変化するか予測がついたわ」
はあ?
空気の流れが、「見える」?。
なんだそれ?
理解不能だぜ。
この人、本当に地球人なのか?
なんとかツーアウト取れたけど、俺の方が追い詰められている気分になっていた。
3打席目。
投げる前に、優子のサインを確認する。
俺は首を横に振った。
……その球はダメだ、優子。
優子から出されていたサイン。
それはハンディキャップマッチの時、五里川原を打ち取った魔球だ。
あの球は、経験豊富な打者にこそ効く。
野球の常識に、逆らった変化球だからな。
野球の常識がなく、動体視力チート。
おまけに空気の流れが見える遠藤先輩なら、感覚で打たれちまうかもしれない。
俺はタイムを取った。
キャッチャー優子が、マウンドまで走って来る。
「どうしようか? 優子。人類の限界内に収めた球じゃ、遠藤先輩を打ち取れる気がしない」
「私もそう思う。……ねえ忍。私達って何で、人類の限界内に収めた投球しないといけないのかな?」
「そりゃ異世界帰りの人外スペックであるとこを、世間に隠すため……あっ!」
優子に言われて、気付いてしまった。
「忍。あの無駄乳モンスターを倒すために、私達も人間やめようか?」
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